学習するのに「できれば母国語で」と思うのは当然だが、中には例外もある。もちろん、英語版しか選択肢がないのであれば母国語という選択肢は最初からないので諦めがつくが、母国語(翻訳)版が出れば、そちらに期待したくなるのも当然である。が、しかし──。
先月、共立出版さんから発売された「オペレーティングシステムの概念」は、表紙からわかるように第7版(7th Edition)をベースにされたもので、原著は2年ほど前に8th Editionが出されている。何と、第7版は5年以上も前に出ているものなのだ。
もちろん、本書のような大著ともなれば翻訳に時間がかかるのも無理はない。だが、第7版と第8版の違いはほとんどなく(このことは監訳者自身もふれている)、なぜあえて第7版に拘泥したのか理解に苦しむところである。第7版の翻訳作業をベースに第8版の改善点を行えば、そう大きな作業量とは思えないが、私の浅慮では気付きようのない深遠な理由があるのかもしれない……。
と、それはともかく、第7版と第8版の違いがほとんどないのは事実で、これは読み比べを行ってみれば明らかとなる。そのために、邦訳版(第7版)でヘンだと思われる訳文をほとんどのケースで原著(第8版)で確認することができるのはありがたいが、ますますなぜ第8版を邦訳しなかったのか?という疑問が大きくなる(笑)。
で、本書の日本語訳だが、あまりに訳がひどすぎて再版されるというレベルの本が多い昨今の中、大変優れた丁寧な日本語訳となっている。無論、諸手を挙げて歓迎できるかといえばそうではないが(特に学部で情報処理系の学問を専攻していない場合は違和感があるだろう)、よくできている部類に入るのは間違いない。ただ、例外はいくつもあり、中でも「特定のOS等」の言葉(固有名詞的なもの)に対する日本語訳は今一つのレベルである。例えば本書881ページにある、
たとえば,MS-DOS,Windows16,Windows 95、Windows NT,およびPOSIXのためにコンパイルされたプログラムを,Windows XPで実行することができる。
という文章は、Windowsのことをご存じの方であれば「Windows16」って何?と思うだろうし、さらにWindowsプログラミングにある程度馴染んだ方であれば、これは「Win16」のことだろうと察しもつくだろう。実際、原著(900ページ)では
For instance, Windows XP can run programs compiled for MS-DOS, Win16, Windows 95, Windows XP, and POIX.
とあり、これが誤訳であることは確かめられる。ここでは、MS-DOSやWindows NT等のOS名を述べているのではなく、OSアーキテクチャの違いとしてMS-DOSやWindows NTを述べているので、16-bit WindowsのことをWin16とし、32-bit Windowsは9x系とNT系と2系統ある(正確に言えばWindows 9x系は16-bit / 32-bitハイブリッド)ことからWin32とせず、わざわざWindows 95(9x系を指す)とWindows NT(純粋の32-bit Windowsを指す)と書き分けているのだ。
この例は、Win16をWindows16と完全に書き誤ったことから誤訳であることが簡単にわかるが、これもWindowsのアーキテクチャの歴史を知らずして邦訳することが難しい例として理解できるだろう。このような書き誤りがない文章に対して、適切に邦訳することが難しいのはPC関連以外のジャンルにも言えることであり、だからこそ適切な監訳者が必要となるが、大変残念なことに本書はこれだけの大著でありながら、このレベルには到達できていないのである。
とはいえ、全体から見れば大きな問題ではない。900ページにおよぶ本書は、それだけで邦訳作業は大変困難なものである。しかし、学術世界だけに特化される分野でなく実業の分野で大きな影響力を持つコンピュータの世界において、邦訳者もそれなりの経歴をお持ちの方々ばかりではあるが、いかんせん実業の分野から見れば噛み足りないのも事実である。本書は学生向けの教科書であるので、アカデミック臭が強い訳でいいのかもしれないが、そうでない人たちには今いちと受け取られることも致し方ないか。
といったところで、今回はここまで。
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