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2010/12/15

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毎回貴重な写真有り難う御座います。私の想像ですが直進の線路は現在の東横店の下を潜って天現寺に向かっていた様に記憶しております。写真で右に分岐している線は折り返し終点駅につながっているのでしょうか。その辺は記憶にありません。東横店の下の線路跡は長らく物置代わりに成っていましたが、私事で恐縮ですが義兄の提案で名店街に変身し、所謂名店街の元祖となりました。

追伸
分岐点の左側にポイントを操作する信号取り扱い塔と、天現寺方面からの下り線の分岐点の手前の場内信号機のようなものが見えます。このような塔は路面電車の分岐点で随所に見られました。

掲載した写真は、玉電ビル建設中のものですが、平行して東京高速鉄道(現在の東京メトロ銀座線の一部)の建設も進められていた時期にあたります。もちろん、私は当時を知るわけではないので何とも言えないところですが、工事期間中というのは仮設での運用が行われていることが多く、この時点での写真であったとすれば、同時代資料にどこまで残っているかも微妙であって、線路としては仰せの通りかと解しますが、なかなかに判断が難しいところかと考えますね。

仰せの通り、地下鉄の折り返し車両留置線の基礎のようなコンクリが左側に見えます。玉電が山手線の下を通過して渋谷川の鉄橋を渡って右折していた光景を思い出しました。

昭和4年の渋谷町の地図によると山手線の手前で南に分岐している線があります。場所的には現在のバス溜まりのあたりに伸びているようです。砂利を貯蔵していたのかもしれません。またそこには玉電本社の記載がありました。私が記憶しているのは二子玉川の貨物線に放置されていた荷物電車ですが、当時既に玉川の砂利の掘削が禁じられていたのかも知れません。分岐点前の風呂場のすのこのような木製のホームは友人が砧にいましたので良く利用したのではっきりと記憶しております。

むーさんの鉄道風景の東京の天然色電車風景に1960年の玉電の渋谷駅の風景が西から撮影されており、地下鉄の留置線のガードと隣り合わせて古い写真とほぼ同一の位置にあることが分かりますので参考迄。

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