前回は、高額合算制度の合算の前提となる世帯概念について、ちょっと困ってしまう例を紹介した。今回は、「医療保険の世帯単位における介護保険制度での低所得者Ⅰ複数世帯に対する再計算」(以下、長いので「低Ⅰ再計算と略す」)について紹介し、この制度の複雑な一側面を確認してみよう。(なお、それなりに長いので結論だけご覧になりたい場合は、「さて、いよいよ核心である」というところからで十分。)
低Ⅰ再計算とは、という前に高額合算制度の単純で簡単な計算例を示そう。
計算例
一人世帯で78歳、医療保険はA広域連合の後期高齢者医療制度、介護保険はB市の介護保険に加入しており、計算期間中の自己負担額は、医療分が11万円、介護分が28万円とする。そして所得階層は低所得者Ⅰで、上限額が19万円の場合、
合計自己負担額 = 11万円(医療分)+ 28万円(介護分)= 39万円
高額合算支給額 = 39万円(合計自己負担額)- 19万円(上限額)= 20万円
医療保険からの支給額 = 20万円(高額合算支給額)× (11万円 ÷ 39万円)[按分率] = 56,411円(円未満切上げ)
介護保険からの支給額 = 20万円(高額合算支給額)× (28万円 ÷ 39万円)[按分率] = 143,589円(円未満切捨て)
以上のように、自己負担額の合計から一定の上限額を引いたものを医療と介護の双方で按分計算をし、それを医療保険と介護保険と別々に申請者に対して支払われる、という流れである。最も単純な計算例だが、高額療養費制度または高額介護サービス費制度をご存じであれば、単純な例からしてこんなに複雑か…と思われるだろう。実際、そのとおりである。
とは言いつつも、今回は計算の複雑さを説明するのではなく、複雑な計算の最後の最後にやってくる低Ⅰ再計算の話であるので、どういう時にこれが適用されるのかを説明しよう。これも低Ⅰ再計算が適用される簡単な例をもとに示すと、
低Ⅰ再計算 例
医療保険の世帯単位で二人世帯で二人とも73歳、医療保険はA市の国民健康保険、介護保険はA市の介護保険に加入しており、計算期間中の自己負担額は、一人(甲)が医療分が11万円、介護分が28万円、もう一人(乙)が医療分が1万円、介護分が9万円とし、所得階層は低所得者Ⅰで、上限額が19万円とする。
合計自己負担額 = 11万円+1万円(以上医療分)+ 28万円+9万円(以上介護分)= 49万円
高額合算支給額 = 49万円(合計自己負担額)- 19万円(上限額)= 30万円
医療保険(A市国保)からの支給額 = 30万円(高額合算支給額)× (12万円 ÷ 49万円)[按分率] = 73,470円(円未満切上げ)
介護保険(A市介護)からの支給額 = 30万円(高額合算支給額)× (37万円 ÷ 49万円)[按分率] = 226,530円(円未満切捨て)
これらをさらに甲乙の二人で、さらに按分率を乗じて各々の支給額を計算するという流れになるが、これはあくまで医療分のみの算出方法なのである。ここから先が低Ⅰ再計算の真骨頂なのである。
低Ⅰ再計算 例(続き)
合計自己負担額 = 11万円+1万円(以上医療分)+ 28万円+9万円(以上介護分)= 49万円
高額合算支給額 = 49万円(合計自己負担額)- 31万円(上限額)= 17万円
医療保険(A市国保)からの支給額 = 17万円(高額合算支給額)× (12万円 ÷ 49万円)[按分率] = 41,633円(円未満切上げ)
介護保険(A市介護)からの支給額 = 17万円(高額合算支給額)× (37万円 ÷ 49万円)[按分率] = 128,367円(円未満切捨て)
何と、上限額を低所得者Ⅰの19万円から低所得者Ⅱの31万円に変更して、再計算しているのである。無論、医療保険からの支給額として低Ⅰ再計算された41,633円という数字は、あくまで計算上の数字という意味以外持たず、介護保険からの支給額が128,367円となることのみ意味がある。逆に、低Ⅰ再計算の対象となる該当者は医療側での226,530円という数字に意味はない。つまり、計算の方法が医療保険と介護保険では異なり、一方の結果は計算するという意味以外を持たないとなるのである。
低Ⅰ再計算の方法は、わざわざ上限額を変更させるというものだが、そもそも何のために行うのかということを始めると、これはこれで長くなってしまうので今回はふれない(今後ふれるかどうかは、本件について継続して書くようになってから決めたい)。要は、一定の上限を満たせば、介護保険側でこのような再計算を行うようになるということである。
これも計算例だけを見れば、そんなに難しいものではない。ただ、医療保険側で計算された結果で支給(支払い)対象になるからといって、低Ⅰ再計算によって支給されなくなる可能性は当然ある。言うまでもなく、対象となる上限額を19万円から31万円に置き換えているのだから、合算支給額が例えば25万円であったのなら、医療保険側での計算では医療と介護と合計して6万円となるが、介護保険側での低Ⅰ再計算では逆にマイナス6万円となるので支給対象とはならなくなる。これも理屈はともかく、そういうルールだと従えば困難はない。では、どこが困難なのか。次の例を考えてみよう。
甲乙は、同住所で生活を営む同一生計の夫婦である。甲(80歳)の医療保険はA広域連合の後期高齢者医療制度、乙(73歳)の医療保険はB市の国民健康保険。一方、介護保険は甲乙ともにB市の介護保険に加入している。計算期間中の自己負担額は、甲の医療分が11万円、介護分が28万円。乙の医療分が1万円、介護分が9万円。B市介護保険において甲乙は低所得者Ⅰの場合、計算上は次のようになる。
A広域連合(甲のみの単身世帯)
合計自己負担額 = 11万円(A広域連合・医療分)+ 28万円(B市介護保険・介護分)= 39万円
高額合算支給額 = 39万円(合計自己負担額)- 19万円(上限額)= 20万円
医療保険(A広域連合)からの支給額 = 20万円(高額合算支給額)× (11万円 ÷ 39万円)[按分率] = 56,411円(円未満切上げ)
介護保険からの支給額 = 20万円(高額合算支給額)× (28万円 ÷ 39万円)[按分率] = 143,589円(円未満切捨て)
B市国民健康保険(乙のみの単身世帯)
合計自己負担額 = 1万円(B市国民健康保険・医療分)+ 9万円(B市介護保険・介護分)= 10万円
高額合算支給額 = 10万円(合計自己負担額)- 19万円(上限額)= -9万円
マイナスにより、高額合算不支給。
先ほどの単純な二人世帯の場合と同じ金額設定としたが、前回の例で示したように同じ世帯であっても計算単位が医療保険による世帯単位であるため、通常は75歳を境目に強制的に変更されてしまうことから、どうしても75歳以上に到達することで別世帯となってしまう。よって、甲は支給されるが乙は支給されなくなる結果となり、甲乙二人の支給額合計は目減りすることになる。
さて、いよいよ核心である。保険者によって解釈が異なると思われる部分は、低Ⅰ再計算そのものにあるのではなく、どのような時にこれを適用するか、なのである。この例では、夫婦二人が同じ生計で同一世帯であるにもかかわらず、医療保険がそれぞれ異なるために本来、同一世帯であるものを医療保険毎に別々に計算している。このことそのものは納得いかない方もあるだろうが(前回、私も不可思議な点と指摘はしたが)、制度で定義されたものであればそういうものだと理解できる。では、低Ⅰ再計算の適用はどうするのだろうか。この制度は医療保険の世帯単位で申請を行うことになっているので、低Ⅰ再計算も医療保険の世帯単位で行うべき、と考えるかもしれない。実際、直接明示されているわけではないが、計算例を見ると70~74歳という前期高齢者をターゲットとしているものばかりで、75歳以上は低Ⅰ再計算の対象外となっている。これは後期高齢者医療制度においては、介護保険制度同様、一人一人が被保険者であるので医療保険の世帯単位としてみれば、全員が単独世帯であって複数人の世帯というのはあり得ないためである。低Ⅰ再計算を医療保険側から見れば、被用者健保(いわゆる社会保険等)や国民健康保険しか対象とならないが、複数の保険者間の異動が生じた場合など、その計算は複雑でとてもではないが、すべてのパターンをあらかじめ把握しておくことは困難である。例えば、計算期間中にA市からB市に転出入した場合で国民健康保険だった場合、申請はB市の国保に行うが、B市の国保はB市の介護分、A市の国保分と介護分の情報を集約して計算し、計算結果連絡票をそれぞれに送付する。ここで、低Ⅰ再計算は行われないので、計算結果連絡票を受け取ったA市及びB市の介護保険が低Ⅰ再計算をまったくそれぞれで行うが、転入前のA市において所得区分が低所得者Ⅰでなかったとしたら、どのようにして低Ⅰ再計算を行うのだろうか。計算結果連絡票情報の所得区分だけで判定するとなるのだろうか。すべては、正しい処理を保険者が行えるかどうかにかかっている。
以上、これらを総合的に判断できる広範な知識を求められるこの制度は、健康保険組合や区市町村等にとってはもちろん、当該システム開発等にかかわっている皆さんのご苦労は並大抵のものではないだろうと同情を禁じ得ない。
「誰だよ、こんな制度にしたのは…」と恨み節が聞こえてきそうなところで、今回はここまで。
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