首相官邸からの情報提供に疑心暗鬼の方々が多いのは、これまでの対応から致し方ない(緊急時対応というのは難しいので)と見ているが、原発事故から1か月以上を経た現在において、そろそろまともな情報が出てきてほしいと思っていたところ、菅首相が囲う専門家グループにこんな茶番を演じさせていることに衝撃(笑)を受けた。
「原子力災害専門家グループからのコメント」として、今のところ3つの記事が上がっているのだが、一つ一つ全文引用して確認していこう。
放射線の規制値と実際の健康への影響(平成23年4月7日付)
「○○産の○○から基準の○○倍の放射能を検出」という報道を見かけます。一方で「食べても健康影響はありません」とも言われます。基準値を超えているのに食べても差し支えないとはどういうことでしょうか。
「基準値」、例えば、食品の暫定基準値は、その食品を普段食べている量(日本人が一人あたりどれほどの量を食べているかという統計があります)を食べ続けても健康に影響が出る線量には到達しないように、それも安全性を見込んだ上で設定されています。ですから、一時的にこの食品を食べても影響はないのです。しかしながら、基準値を超える食品が出回り、長期的に消費者の口に入ることは好ましくないので、市場に流通しないような措置(出荷制限)を取るわけです。
これについては、コメントは特にない。とは言いながら、ここにはこの手の文書の基本フォーマットが示されているのであえてあげた次第だ。まず、一般国民に告知される情報というのは、国などが統計法等に基づいて公式と認められた(認定した)情報のみしか扱っていない大前提がある。つまり、公式統計上における一般的な国民像(指標)というものがあって、それに対して云々されているのであり、これに自分自身がそれほど合致しているのか、あるいは乖離しているのかを知る必要がある。当たり前だが、国や地方公共団体などが個人個人に対して実態に合わせた対応などができるはずがなく、またそれを求めるべきものでもないので(無知蒙昧な人々はこれを求める傾向が高いようだが)、個人差と言おうか、生活実態の違いなどを理解しておかなければならない。だからこそ、鵜呑みは禁物だとなる。
なので、例えば一年間にほうれん草など加工品も含めてまったく食さないような人は、ほうれん草の基準値超えに一喜一憂する必要がないが、一方でほうれん草以外の野菜はどうなのか、あるいはほうれん草は蓄積されやすいのか、などといった関連情報を合わせて知らしめることがマスコミを含め重要となる。規制に至ったのは、検査対象のものが基準値超えになったというだけでは情報不足で、類似のものはどうなのか、他の測定は行っているのか、なぜ検査対象として選定されているのか等の理由が明らかになれば、専門家でなくとも「論理的には」理解できるはずだ。
では、2番目の記事を見てみよう。
どうして同心円?(平成23年4月13日付)
4月11日に発表された「計画的避難区域」の設定は、従来の同心円型とは異なる形になりました。
事故発生以来、「避難区域」は事故の起こった原子力発電所から半径20キロメートル以内、「屋内退避区域」は半径20キロメートルから30キロメートルの間というように、対策区域は同心円状に設定されてきました。放出された放射性物質の分布は地形や風向きなどの影響で均一ではないと考えられますが、同心円状に設定されてきたのは、どうしてでしょうか。
事故の直後、放射性物質の分布を予想するのに必要な情報が限られている中、しかも迅速に判断をする必要がある状況で、緊急的に同心円として対策区域が定められた--というのがその理由です。
地面の放射性物質の量や、放射線の強さの分布に関する情報が得られた段階では、同心円にこだわらず、適切な対応が取られることになります。その考え方に添って、11日の「計画的避難区域」は設定されました。
書いてあることそのものにおかしい点はない。だが、問題は原発事故が発生して緊急的に同心円状に設定されたものが、約1か月にわたってそのまま存置(放置)されてきたことが問題なのであって、しゃあしゃあと約1か月も経って「11日の「計画的避難区域」は設定されました」と宣うのは、『津波が発生して実際に沿岸部を襲った後、それも約1か月経った今頃になって「津波がやってきたので避難して下さい」と既に被害を受けた人に向かって言うようなもの』である。緊急的に同心円状で定めたものを、観測データ等の判断によって緊急的にそれ以外に置き換えることができないことが疑問である。
海外では、早いところでこんな情報は3月中旬には出ており、どんなに遅くともSPEEDIの結果公開(3月23日)までには同心円状のものを改めることができたはずだ。にもかかわらず、官房長官発言によればデータ数(観測点)が少ないので判断に至らなかったとするが、1か所でもやばいところがあれば、そこだけでも区域に加えるということはあってもいいのではないかと感ずる。つまり、まだら模様に広がるのが汚染区域であると理解できていれば1か所だけでも判断できたのだが、汚染が同心円的に拡大するという理解にとどまっていたとすれば、30~40km圏内の他地域(観測点)の数値を見てみなければ判断は下せないという認識になるだろう。要は、官邸の「判断」の大前提が誤っていたのではないかと解することができるわけだ。
なので、「地面の放射性物質の量や、放射線の強さの分布に関する情報が得られた段階」に至るまでの「判断」があまりに遅れていれば、取り返しのつかないことになるという危機意識の欠如がこの文書からも醸し出されており、まっとうなことを書いているようで言い逃れにしか見えないのは、ここに起因するのではないだろうか。
続いて3つ目。これは相当な悪評のようである。
チェルノブイリ事故との比較(平成23年4月15日付)
チェルノブイリ事故の健康に対する影響は、20年目にWHO, IAEAなど8つの国際機関と被害を受けた3共和国が合同で発表し、25年目の今年は国連科学委員会がまとめを発表した。これらの国際機関の発表と福島原発事故を比較する。
1 原発内で被ばくした方
*チェルノブイリでは、134名の急性放射線傷害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
*福島では、原発作業者に急性放射線傷害はゼロ、あるいは、足の皮膚障害が1名。
2 事故後、清掃作業に従事した方
*チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
*福島では、この部分はまだ該当者なし。
3 周辺住民
*チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。福島の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超える牛乳は流通していないので、問題ない。
*福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない。
一般論としてIAEAは、「レベル7の放射能漏出があると、広範囲で確率的影響(発がん)のリスクが高まり、確定的影響(身体的障害)も起こり得る」としているが、各論を具体的に検証してみると、上記の通りで福島とチェルノブイリの差異は明らかである。
1つ目と2つ目は、まっとうな文書であったが、3つ目は悪評高いだけあって確かにおかしいと思える点が目立つ。まず、誰でも気づくことだろうが、既に終息したチェルノブイリ原発事故とまったく終息(収束すら)の見込みの立たない福島第一原発事故を比較対象にすることそのものがおかしいのだ(失笑)。そしてもう一つは、事故発生してから25年近くを経て客観的なレポート(そこに政府の介入があるとか様々なバイアスがあるであろうとする推測は一切排除するにしても)が作られているものと、事故発生からまだ約1か月でかつ継続中のもの。これらを比較して健康被害を述べていること自体が無意味である。β線熱傷のようにすぐに症状として表れているもの以外は、被曝による影響というものは一定の年月が経過してからでなければ症状として表れることがない。にもかかわらず、この時点で比較をし、「各論を具体的に検証してみると、上記の通りで福島とチェルノブイリの差異は明らか」とばかげた結論を導出している(同時にIAEAの見解も否定)。
さすがにこんなものを出してしまえば、悪評が立って当然だろう。これは、次のようなたとえ話と同レベルだと感ずる。
「我が国は航空機事故で一人の死傷者も出していない。なぜなら、事故(航空機における機器障害あるいは操縦者等のミス)が起こった時はまだ航空機は墜落しておらず、旅客・乗務員を合わせて全員健在だからである。たまたま事故の結果が墜落であって、それにより死傷者が出ているに過ぎない。我が国はこれを航空機事故と認めていない。あくまで墜落による死傷であって航空機事故による死傷ではない。」
要するに「事故」というものに対する捉え方の違いである。この捉え方の違いが、チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故との比較に表れており、こういった厚顔無恥な文書として出ているのだ。これら3つの文書は、本当に専門家か?と思ってしまうような内容ばかりであるが、首相官邸から発信されていることに末恐ろしさを感ずる。
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