本書(独立専門家委員会 スイス=第二次大戦 第一部原編/黒澤隆文 編訳/川崎亜紀子・尾崎麻弥子・穐山洋子 訳著。本体価格 9,450円.。発行 2010年11月)は700ページを超える大著であるが、大きく二部にわけられる。第一部はスイス連邦政府によって設立された、独立専門家委員会(スイス=第二次大戦 委員会)により編纂された最終報告書の邦訳。第二部は「スイスの近現代史と歴史認識」と題され、5つの日本人研究者(第一部の邦訳者メイン)の論文から構成される。これは、第一部の最終報告書を理解するための解題とも言うべきもので、味気ない最終報告書(とはいえ、読んでみればわかるがこれだけでも圧倒的な内容で飽きさせない)だけでは理解困難となりそうな歴史的背景を補完する位置づけ(味つけ)となっている。
で、私は一般的な日本人(こういう定義は意味はないが)と比べれば、どちらかといえば歴史的なものに興味を持っており、専門家には遠く及ぶべくもないが「比較的よく知っている」方だと思っている。しかし、本書を読み進めていくと、自分の無知さに嫌気がするほどに新たな発見が多いことに気付かされる。スイスと言えば永世中立であって、戦争とは無関係だと思いがちだが、実際には連合国からも枢軸国からも「敵と同等」(要は仲間でないと言うこと)の扱いを受けたばかりか、戦後処理以降においても勝者側(連合国側)から見れば、敵に利した存在でしかないために、特に東西冷戦終結後に「被害者とされる側」から「戦後補償」を求められるようになる。永世中立国でさえこうなのだから、振り返って我が国は…、とまぁこれは本論でないので以下略と。
スイスが戦後50年以上を経て、このような最終報告書をとりまとめるに至った流れは、本書の「日本語版のための前書き」に端的にまとめられている。以下にそれを引用すると、
1990年代半ばになって,スイスに対し,休眠口座の残金の払い戻しを要求するきわめて激しいキャンペーンが繰り広げられました。この運動は世界ユダヤ人会議を頂点とした国際的なユダヤ人団体によって組織されたもので,多かれ,少なかれ,アメリカ合衆国,イギリス,イスラエルの政治家や政府の支援を受けていました。とりわけ非難の対象となったのは,何十億フランとも見積もられる未返還財産によって私腹を肥やしたとされた銀行でした。次いで,スイスの経済界が,ドイツの戦争遂行を支えたとして糾弾されました。さらには,スイスの民衆に対しても,ヒトラーとムッソリーニの言いなりになったとの非難が投げかけられました。スイスがドイツに協力したために戦争は長引き,そのために連合国側の多くの兵士や民間人が殺されたというのです。このような非難は明らかに誇張されていました。しかしそれにもかかわらず,スイス人はこれによって衝撃を受け,戦後にはそれまで一度も経験したことのなかった政治的・道徳的危機に陥ったのです。こうした状況の下,連邦政府は,完全に独立した,しかも関連資料の利用において妨げられることのない調査が行われるべきことを決定したのです。1996年12月13日の連邦議会決議は,歴史研究の前に立ちはだかっていた銀行の守秘義務を取り除きました。これは,関連する全ての企業に対し,社内文書を委員会に無条件で開示する義務を課したのです。
(日本語版のための前書きより引用。2006年11月、ジャン=フランソワ・ベルジエ。独立専門家委員会 スイス=第二次大戦 委員長。2009年10月29日死去。)
というように、永世中立国スイスならではなのかもしれないが、このような中、独立専門家委員会が立ち上げられ、5年以上の歳月をかけた結晶が最終報告書なのである。
そういう本書なので、大著という理由以外にも歴史的背景の理解が進んでいないと、単に読み流すだけでは意味不明(あるいは曲解)となってしまうことから、さすがに土日だけの読書時間では残念ながら読了していない。いや、読了したとしてもおそらくもう一度読み直すことになるだろう。それだけ、奥深い、内容が濃い本書だと言えるのである。
以上のことから仕方のないことではあるが、本書の邦訳・刊行までには時間がかかりすぎてしまった感も強い。このことは、本書の「編者あとがき」にふれられているが、ベルジエ氏の存命中に邦訳版を出したかったというだけでなく、我が国での歴史認識に関する議論が遠くに行ってしまった状況では、本書は知的興味を増幅するだけの役割のみを担うとなったのが残念である。とは言いつつも、これだけの大著を出版した意義は高く、私もわずかながらであるが、本書を購入することで貢献したいという気持ちからすぐさま入手したのだが、読み始めるまで月日がかかってしまった(笑)。これをアップしたら再び本書を読み始めようと考えつつ、今回はここまで。
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