今回は、池上電気鉄道(今日の東急電鉄における東急池上線を運営していた鉄道会社)の運賃表を見ながら、あれこれ語っていきたい。私的に、蒲田~雪ヶ谷間の単線時代、五反田までの全通時代、奥沢線(新奥沢線)が開通し路線延長が落ち着いた昭和5年(1930年)頃と三つの時代区分に分け、その時期(時代)の運賃表を作成し、比較検討する。まずは、蒲田~雪ヶ谷間単線時代の運賃表から見ていこう。
開業当初は、蒲田~池上間とわずかに3駅(中間駅はたったの一つ)だったので、それと比較すればまだましだが、それでも7駅しかない弱小路線であった。池上~雪ヶ谷の第二期工事の完成により延長開業したのが大正12年(1923年)5月4日で、五反田までの延伸工事を見越して複線化を実現したのが桐ヶ谷までの延長開業のおよそ1か月前(昭和2年(1927年)7月)であったことを踏まえれば、約4年間にわたってこの運賃体系だったことになる。
最も安価なのは4銭とある雪ヶ谷~御嶽山前で、他区間の初乗り6銭と比べると2銭安くなっている。この運賃設定はほかにないことから、雪ヶ谷~御嶽山前はディスカウントしなければならない(せざるを得ない)理由があったとなるだろう。また、雪ヶ谷駅からの運賃は4銭のほかにも9銭、14銭とあり、どちらも他区間には見ることのできないものである。4銭が割安感を演出するのに対し、9銭及び14銭は逆に割高であるように感ずる。例えば、9銭区間の最初の駅となる末広駅(現 久が原駅)を考えると、雪ヶ谷~末広よりも6銭区間の御嶽山前~池上の方が距離的に長い。思うに、雪ヶ谷~御嶽山前を4銭としたのは、続く割高(に見える)運賃を乗車区間分割して安くさせない狙いがあると見る。
例として、雪ヶ谷から14銭区間となる蓮沼駅までを考えてみる。普通に雪ヶ谷から通しての運賃は無論14銭であるが、雪ヶ谷から御嶽山前までと御嶽山前から蓮沼までと区間を分割して切符を買うような場合、運賃はそれぞれの区間で計算したものを加算する。雪ヶ谷~御嶽山前は4銭、御嶽山前~蓮沼は11銭なので合計すると15銭。通して買うよりも1銭だけ高くなる。同じことは9銭区間についてもいえるので、あえて雪ヶ谷~御嶽山前を4銭としたのは、それより先までを割高としても分割購入して得をさせないための運賃体系というわけだ。
こうした理由は、やはり雪ヶ谷まで延伸したことで中原街道に接続し、ここからの利用客から運賃を「割高に」いただこうという狙いかと思われる。
続いては五反田まで全通(開通時は全通という意識はなく最終目的地は品川駅ととらえられていた)したときの運賃表。確認する術は今のところないが、おそらく複線運行開始時、あるいは桐ヶ谷まで延伸した際にこの運賃表が適用されたと考えるが、この表では五反田まで延伸したときのものとして作成した(光明寺駅廃止後として作成)。雪ヶ谷単線時代と比較して、初乗り区間(いわゆる一区目)の見直しをあげることができる。つまり、4銭と6銭の併用から5銭へと統一したわけである。
続いて二区間目が9銭と11銭となっていたものが、8銭と10銭と事実上値下げされたこと。そして8銭区間は五反田~長原間までしか存在しない点をあげることができる。なぜ、五反田から長原までなのか。答えは、目黒蒲田電鉄との対抗上と見るのが正当だろう。目黒蒲田電鉄本線(現在の東急目黒線にあたる部分)と目黒蒲田電鉄大井線(現在の東急大井町線)は、池上電気鉄道線の駅と数百メートルの距離しか離れておらず、乗客争奪戦が至るところで展開していたからである。特に、都心方向への乗客は運輸成績に大きく係わることから、戦略的運賃設定となってもおかしくない。許認可行政の枠組みはあれど、このあたりの運賃設定は理由さえ付けば裁量の幅は大きく、池上電気鉄道首脳は長原駅までが目黒蒲田電鉄との競合区間であると認識していたのであろう。
表現は全盛時代としたが、あくまで池上電気鉄道の歴史の中での全盛であって、他社比較できるものではない。時期は昭和5年(1930年)頃として作成した。五反田全通時のものと比較すれば、奥沢線(新奥沢線)の駅以外は同じ運賃であることがわかる。また、ここまで見てきたように、運賃は対距離制ではなく区間制である。
ここで興味深いのは、新奥沢駅から蒲田方向へ向かう場合と隣の諏訪分駅から蒲田方向へ向かう場合とでは、御嶽山前から蒲田までが5銭の差が生じていることである。距離としては長い五反田方向の運賃は変わらないので、諏訪分駅利用者に対して便宜を図っているか、新奥沢駅利用者に対して割高にしているか、判断の難しいところである。もっとも、そんな理由ではなく単に区間制の前提条件となっている距離が、諏訪分と新奥沢ではわずかに閾値を超えたために差が生まれたと言えなくもない。(洗足池から蒲田までと石川台から蒲田までの運賃を比較すると…。)
最後に3つに共通していえることは、初乗り区間と最長区間との運賃差である。たったの、というと語弊があるかもしれないが、たったの10km程度の区間で初乗りと五反田~蒲田間との運賃差は15銭、実に4倍の差がある。現在に単純に当てはめることはできないのを承知で比較すると、東急電鉄では五反田~大崎広小路の最短区間で120円、五反田~蒲田の最長区間で190円と2倍にも届かない。
最後に、といっておきながらもう一つだけ。調べてみないとこれもわからないが、全通当初から五反田から蒲田への近道を標榜していたということは、運賃面でも省線(現在のJR)より優位に設定することで、20銭としていたのか。疑問は次々と出てくるが、きりがないので今回はこの辺で。
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