今回は、当blogをご覧いただいている方からの情報提供に基づき、現地を確認して作成するものである。まずは、これをご覧いただこう。
ここは東京都品川区旗の台五丁目7番の一角で、前面を三間道路、右面を旗の台駅東口に通ずる道路が交わるあたり。
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ゼンリンの電子地図で示すと上記の場所にあり、「旗の台五丁目商店会」などの簡単な沿革(歴史)が書かれた案内板がある。最近できたようで、内容を書き写してみると、
旗の台五丁目商店会
旗の台の地名は、平安時代に源頼信が平忠常追討(平忠常の乱)の際に、下総国(現在の千葉県)に行く途中、この地で源氏の白旗を掲げて祠に戦勝祈願したという故事に由来します。
昭和二六年に「東千束駅」と「旗ヶ岡駅」が合併して、「旗の台駅」が誕生しました。旗の台駅周辺の発展と伴に、商店街が形成され、現在の旗の台五丁目商店会が結成されました。
このようにあり、何ともなさけない誤りがある。それは、わざわざかっこ書きにまでしている駅名のうち、「東千束駅」とある箇所で正しくは「東洗足駅」である。洗足と千束の違いは、当blog記事でも結構取り上げているが(とりあえず「洗足か千束なのか 前編」と「旗ヶ岡駅と東洗足駅の歴史を探ってみる 総括編10(完結)」でもあげておこう)、隣り合った地名でかつ同じ読みであるものの、混同するにはあまりに郷土(地域)の歴史を知らなすぎると言わざるを得ない。この案内板は、
ご覧のとおり、後ろの下部という見にくいところではあるが「品川区商業・観光課」とあるので、ここ数年流行っている都市観光の一環として掲げたものであろう。だが、このような初歩的な誤りをしでかすとは、何とも呆れてしまう。まぁ、同情すべきこととして、現在、洗足は目黒区、(南・北)千束は大田区の行政地名(町名)であって品川区にはどちらも公式に存在しないので「無知」であっても仕方がないが、仮にも地元の歴史を明らかにしようとするのであれば、このあたりはかつては「旗の台」などよりも「洗足」(東洗足)という地名の方がネームバリューがあったという事実を忘れてはなるまい。
この案内板は、品川区商業・観光課が掲出したにしても、この文章自体はお役所の人ではなく(可能性として学芸員を否定するものではないが…)誰か別の人(郷土史家とか名乗る怪しげな人々等)が書いた可能性もあるが、やはりそれをチェックできるだけのスキルは地元地方自治体には求められよう。たとえそれが付け焼き刃であったとしても、だ。
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