« 品川区商業・観光課が掲示する旗の台五丁目商店会案内板の致命傷 | メイン | 続・池上線開通式典の写真を分析する─「目で見る品川区の100年」より─ »

2011/06/26

コメント

ありがとうございます。
本日、実は、洗足池図書館に「目で見る大田区の100年」を借りにいきました。
友人が品川区なので、隣区である大田区図書館から、この本が借りられるのです。
そして、実家で皆で品川区の100年含めて、わいわいと検討し。
どんどん橋を見にいきました。
何か……違うような気がするのですが……よくわからない。
本当にどんどん橋なのだろうか?では幻の跨線橋は?
みたいなことで、踏切際で盛り上がっていたら。池上線がえらい警笛ならして、徐行運転。実は、昨日と一昨日。池上線への飛び込みが続いたんだそうです。
池上線への飛び込みなんて、めったにありません。それも2日連続なんて……
我々も、警笛鳴らしまくりの、徐行の、池上線という珍しい風景を見ることになりました。

おはようございます。

地図を広げての勝手な推測ですが、この踏切は、当時の旗ヶ岡駅に一番近い、旗の台3丁目12番地あたりかも。現在子育て地蔵尊のある、さらにもう少し荏原中延寄りの踏切です。
開通当時、まだ子育て地蔵尊はありませんでしたし、駅前は結構広い広場でした。
平成に入ると、ここの踏切はなくなっていますが、昭和43年当時にはありました。
そして、昭和43年の住宅地図では、ここは直交して、道路と踏み切りがクロスしています。
渡り初め→開通式という時系列なら、新駅の広場でやるのが一番手っ取り早いのではないかと、妄想(笑)しています。

開通式の写真の場所は品川区ではなく目蒲線の終点の丸子つまり現在の沼部付近の浅間神社のように思われます。従ってこれは大田区に属するのではないでしょうか。浅間神社から下向きに1形の電車を撮影した写真が回想記に掲載されていた様に記憶しております。

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