PCはそのハードウェアだけを考えれば、生まれた当時としてみても大したものではなかったが、その思想は1970年代の北米西海岸の文化的土壌なくして生まれては来なかった。PC、その前身であるマイコン(Micro Computerという意味はもちろんあるが、それ以上にMy Computerの意…とはいえWindowsのそれとは違う)が誕生した背景は、マイクロプロセッサの発明やDRAMの一般化などハードウェア的な要因はもちろん大きいが、個人が自由に使うことができるコンピュータを求めたことがその原動力であった。
当時、コンピュータは大きく二つの系統に分かれていた。一つは、現在でもメインフレームと呼ばれる空調の効いた室内に鎮座する巨大なコンピュータ。もう一つは、ミニコンと呼ばれた今日的視点で言えば、やや大きな(いろんな意味を包括するが)PC的外見のコンピュータである。いずれも破格な価格であって数も少ないことから、その計算(処理)能力は貴重なものであり、タイムスケジュールに従った形、つまり1分1時間いくらという形で提供されていた。そして、コンピュータの計算資源を効率的に利用するため、タイムシェアリングにも従い、多くの端末(ターミナル)がぶら下がっていたので、自由にコンピュータを活用するなど夢のまた夢であった。なので、ユーザインタフェースに処理時間を奪われるなどもってのほかであったし、最も効率のよい実行形式はプログラムを計画的に順に実行していく「バッチ(Batch)処理」であった。これらのことは、人がコンピュータに使われている=コンピュータに支配されているという比喩につながり、その状況からの解放、自由の獲得が、今日巨大企業となっているApple社やMicrosoft社につながっているのである。
Apple社やMicrosoft社がまだ個人企業レベルだった時代(1970年代中後半)のSteve Jobs氏やBill Gates氏、そしてその仲間の当時の写真を見れば、「今から見ても」ヒッピースタイル(Hippie Style)にしか見えない。だが、このスタイルこそマイコン(個人が自由に使うことができるコンピュータ)が誕生し普及していく源泉であり、Apple社は(というよりはSteve Wozniak氏は)Apple I、そしてApple ][ というマシンを生み出し、Microsoft社は(というよりはPaul Allen氏とBill Gates氏らは)Micro-Soft BASIC(初期名はAltair BASIC。世界初のマイコンAltair 8800に搭載されたことによる)を生み出して、個人が自由に使うことができるコンピュータ=マイコンを普及させていったのである。(Digital Research社も忘れてはならないことはわかってはいるが話が横道逸れすぎなので略。)
このように個人が自由に使うことのできるコンピュータとしてマイコンが産声を上げ、成長する過程で、その成功を見て取ったコンピュータ界の巨人、Big Blueとも称されたIBM社はついに1981年マイコン界に参入する。それこそが、IBM Personal Computer 5150、俗に言う初代IBM PCの誕生である。PCとは、我が国のNECが既にPC-8001という製品を1979年にリリースした際、Personal Cpmputerの略称として採用していたが、コンピュータの元祖はENIACという神話と同様、IBM PCが「PC」の語源の元祖であるという神話(今日あるPCの先祖という意味なら適切)が流布されており、世界のすべてがキリスト教世界と同一というような(キリスト教世界はすべてにおいて優越という偉大なる勘違いみたいな)感じだが、それはともかくIBM PCの登場によって、これまでのマイコン界地図は塗り替えられ、IBM社を頂点にマイクロプロセッサを提供したIntel社、PC DOS(MS-DOS)を提供したMicrosoft社の両社が特別な位置につき、IBM PC/AT互換機が市場を席巻する中、Wintelと呼ばれるに至るほどPCの世界に重きを成す。この頃、自由は失われつつあったものの、PCを使う上での独立性はまだ問題はなかった。
そして、PCに欠かせなくなった、というよりは半ば必須のものがネットワークへの接続、中でもインターネットへの接続、より狭義に見ればWWWブラウザへの対応である。もちろん、PCそのものはスタンドアロンで使うことがまだできるが、インターネットに接続するのは人が生きていく上での空気のような存在になりつつあり、昨今のクラウドコンピューティング等はもちろん、21世紀に入ってからのGoogleが提供するサーヴィスを見ればわかるように、これらを使うためにはインターネットへの「常時接続」が必須条件となっている。このことは、PCのスタンドアロンの否定である。つまり、PC(とそのソフトウェア)だけでは何もできず、インターネットに常時接続しながらWWWブラウザを介してすべてが行われる世界となったのだ。そう、これはPCのターミナル(端末)化なのである。
こうした事態は、PCの世界だけとは限らない。何とゲーム機器の世界までもがインターネット接続が必須となっているのである。もちろん、ゲーム機器もスタンドアロンでゲームをプレイすること自体は可能である。だが、SCE(Sony Computer Entertainment)のPSP(PlayStation Portable)において、PlayStation Network(以下、PSNと略)を通じて購入したゲーム(ソフトウェア)はそのままでは利用(プレイ)できず、PSNで認証する、つまりPSNにインターネット経由でアクセスしなければならないのである。
先に「インターネットに接続するのは人が生きていく上での空気のような存在」としたが、PSPがPSNにアクセスすることはまさにそのもので、インターネット接続環境とPSNが問題なく稼働していればまったく気にかける必要はない。だが、「“PlayStation Network” 障害・メンテナンス情報」に記されている(2011年4月24日正午現在)ように、PSNが死んでしまっていると、自分の「正当な権利」(購入したゲームをPSPに移したり、等など)すら行使できなくなる。しかも、PSNの復旧見込みが「“PlayStation Network” 障害・メンテナンス情報」より引用すると、
“PlayStation Network” 障害・メンテナンス情報
2011年4月24日 “PlayStation Network”障害のお知らせ
“PlayStation Network”の障害が長時間続いており、誠に申し訳ございません。
当社では24時間体制でサービスの早期復旧に向けた努力を続けておりますが、
当社のネットワークインフラを強化するためにシステムの再構築を行っており
時間を要しております。
この作業は時間がかかるため多くの皆様にご迷惑をおかけすることになりますが、
当社のシステムセキュリティを更に強化するために必要不可欠であると判断いたしました。
お客様とパートナー企業の皆様におかれましてはなにとぞご理解をいただき、
復旧までにいましばらく時間がかかりますことをご了承くださいますようお願い申しあげます。
本件に関する更新情報につきましては、当サイトにてご案内させていただきます。2011年4月23日 “PlayStation Network”障害のお知らせ
現在、外部要因とみられる影響により、“PlayStation Network”に障害が発生しております。
当社としましては徹底的な原因究明と安定したネットワークサービスの提供のために、日本時間4月21日(木)昼頃より“PlayStation Network”を停止させていただいております。
お客様には多大なるご不便とご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申しあげます。
当社は現在の状況を深刻な事態と受け止め、お客様と当社のパートナー企業の皆様に適切なエンタテインメントサービスを提供することを最優先事項として復旧に努めますので、なにとぞご理解とご協力を賜りますようお願い申しあげます。
本件に関する更新情報につきましては、当サイトにてご案内させていただきます。2011年4月22日 “PlayStation Network”障害のお知らせ
“PlayStation Network”の障害につきまして、現在、調査を行っておりますが、復旧までに一両日かかる可能性がございます。
お客様にはご迷惑をおかけしておりますことを深くお詫び申しあげます。
なお、今後の状況につきましては、当サイトにてご案内させていただきます。
お客様にはご不便をおかけいたしますが、なにとぞご理解くださいますようお願い申しあげます。2011年4月21日 “PlayStation Network”障害のお知らせ
ただいま、“PlayStation Network”にサインインすることができません。
調査及び復旧作業を行っておりますので、いましばらくお待ちいただけますようお願いいたします。
お客様には大変ご迷惑をおかけしておりますことをお詫び申しあげます。
■発生日時: 2011年4月21日(木) 13:00頃~
■障害内容: “PlayStation Network”にサインインできない
のように、ここ丸三日以上PSNにアクセスできない(サインインできない)状態が続いているだけでなく解消の見込みすら立っていないことがわかる(2011年4月24日午後追記:上記引用に4月24日分を追加。これからわかるように建前上は「システム再構築」作業によって時間を要していると説明。問題は解決したが外部からの侵入・妨害に対抗するための作業だろうが鼬ごっこだろう…)。こうなってしまえば、お手上げだ。いくらPSPがあっても、PSN依存のものはすべてアウト。それも何日にも渡るような障害は致命傷以外の何物でもない。
今回、PSNのトラブルによって、いかに「インターネットの先にあるもの」が脆弱であるのか、そして自身では何も解決することができないというもどかしさを実感した。長々と昔話を語ったのは、PC(マイコン)が自由を求めた結果、行き着いた先も結局は自由ではなかったということで、歴史は繰り返す如く、また「インターネットの先にあるもの」だけに依存しないようなものを作っていくことになるのだろう。そんなことをPSNのトラブルで感じつつ、今回はここまで。
2011年4月25日午後追記
今日付のお知らせはないが、asahi.comに面白い記事が(笑)。「プレステ対戦ゲーム、システム障害 7500万件に影響」という記事だが、記事中「ネット経由の対戦ゲームなどが利用できない状態になっていることが25日わかった。」とある部分。25日わかったって言われてもなぁ…ってね。
2011年4月27日午後追記
ついに、PSNの障害は不正アクセスによる情報漏洩に行き着いた。SCEのプレスリリース「PlayStation®Network/Qriocity™をご利用の皆様へのお詫びとお願い」に出た内容どおりであれば、史上最悪の情報漏洩になりそうな予感。PSNに限らずインターネット(ネット系)取引を完全に信用していないので、滅多に使わない(というかこれにしか使っていない)クレジットカード情報にしておいてよかったって感じか。こりゃ当分復旧しそうにないな…。
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