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2010/08/14

コメント

1891年生まれの祖父が所有していた地図には、洗足池周辺の地名として、南から千束・石原・貉窪そして出穂山の地名が見えます。
多分昭和5年であろうとおぼしきこの地図は、祖父が実際に使用していたものでした。
「目黒蒲田電気鉄道」の駅名として、「せんぞく→おほをかやま→なかまるやま→じいうがをか」といった平仮名表記がされております。

私が、自分の実家周辺に興味を持ったのは、まさにこの地図を手に取ったときからだったと記憶しています。近所なのに、知らない地名もいっぱいあって……

なお、恥ずかしながらわたくし、「出穂山」は、ながらく勝手に「いづほやま」と読んでおりましたσ(^◇^;)。。。
だってその方が語感がいいんですもん。
(余り振り仮名表記も見ないんですよねぇと、言いわけです(;^_^)

りっこ様、コメントありがとうございます。

>なお、恥ずかしながらわたくし、「出穂山」は、ながらく勝手に「いづほやま」と読んでおりましたσ(^◇^;)。。。

確かにそうも読めますね。語感としては「でぼやま」よりも「いづほやま」の方がいいように思いますが、そこが固有名詞の難儀なところです。もっと単純なところで「本町」も「ほんちょう」と「ほんまち」とあって…。本当に固有名詞の読み方というのは難しいものだと。

XWIN II様
出穂山稲荷の位置が閉じられた門を通る道に向かっているので不自然な印象を受けましたが、これは私のあくまでも推論ですが、中原街道が洗足池を過ぎたあたりに九品仏道の道しるべの庚申塔がありますがその分かれ道の延長線上にあり東工大の敷地を横断した反対側の急な坂道に(名前は忘れました)昔の九品仏道の一部であったむねの看板があったように記憶しておりますので、この社はこの道に面していたのかも知れません。敷地の中に閉じ込められてお参りができないような状態で不自然だなあと思っておりましたが、これで説明がつくとおもいます。やがて東工大のホームページでこのトピックスを取り上げるようですので明らかになるでしょう。

XWIN II 様
稲荷神社の補足説明
東京23区の坂道の大田区の石川町、千束地域の稲荷坂のところに地図入りで説明されていますので参考迄。

たまたま出穂大明神で検索していた所、
 東京荏原都市物語資料館 下北沢x物語に沢山の書き込みが掲載されており、地主の鈴木家のことなど色々述べられており興味深く読みました。大岡山駅北口の商店街の外れに昔運送店のトラックが空き地に並んでいたことを思い出しました。ご家族の方の中に中学校の友人がおりまして、確か鈴木君であったと思いますが確信はありません。70年も前の話を持ち出して恐縮ですがたまたま話題になったので投稿した次第です。

9年前の記事にコメントするのもなんですが、馬込村が編纂した馬込村誌(内容はほとんど新編武蔵風土記稿の引き写し)という村誌が存在し、そのなかで出穂山のルビはデボヤマとなっていますので、デボヤマと読んでいたのでしょう。馬込村誌は大田区の図書館で見ることが出来ます。ご参考まで

コメントありがとうございます。
地名の読み方は、必ずしも全国通用ではなく、当て字だったり、独自読みだったり等、様々なものがあります。そういう意味ではわざわざルビをうつにしても、誤ったルビをうつことは誤りの連鎖を引き起こすわけで、注意を払う必要があると改めて私自身、自覚するところですね。

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