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2010/03/04

コメント

ありがとうございました。
本当にお勉強になり感謝しております (^_^)v

実は私が一番最初に書店で手にとったのが、この「東急の駅 今昔」でした。
そして、その次に購入したのが「街と駅 80年の情景」
最後に購入したのが「回想の東京急行」

発行年から言うと、「逆走」しちゃったんですよね。 f(^ー^;

ちなみに、フォトブックでも「旗ヶ岡駅」の説明として、「地名も荏原郡荏原町大字中延字旗ヶ岡であり」と明記。
いつか、この出版元に、ちゃんと教えてあげたいですよねぇ~間違ってるって!

XWIN II様
洗足村
開いた口が塞がりません、大部分は碑衾村と平塚村で占められています。境界線は等高線から見て窪地に沿っているようです。

コメントありがとうございます。

「ちなみに、フォトブックでも「旗ヶ岡駅」の説明として、「地名も荏原郡荏原町大字中延字旗ヶ岡であり」と明記。」←以前、当Blogにも書きましたが、この表現を含む文の前後はWikipedia日本語版のパクリ疑惑があるんですね(80周年フォトブックの方が一年近く後に出ている)。せっかくなので、次回ネタ(3月5日)は80周年フォトブックの検証でもおこなってみましょうか。

「境界線は等高線から見て窪地に沿っているようです。」←おっしゃるとおりです。田園都市株式会社による耕地整理が行われる前は、今日の弁天池付近が碑衾と平塚の境だったのが、耕地整理後は洗足会館も面する前面道路が境界線として引き直されています。このあたりは耕地整理の結果、区画しやすいところで境界を引き直した結果ですが、東京23区内にも多数、昔の境界を引き継いでいる(一例として新宿区と文京区の境界は旧川道を継承)ものが残されています。自然境界が人工境界となるのもわかりやすさという点からはやむを得ないのでしょうが、それで行政区画が変わるのは勘弁してほしいというのもあるでしょうね。

XWIN II様
大岡山駅
 大岡山町は存在しません。前述の大正12年の地図によると未完成の目蒲線の大岡山駅の位置は馬込村側にありすぐ北に大岡山の字が記載されおり、現在の駅も大田区です。ただし駐在所は碑文谷警察の管轄ではないかとおもいます。現在の大岡山は目黒区側になっております。
 私の友人も通りを隔てて一方は大岡山小学校で、他方は清水窪小学校出身です。
 現在の東工大の真ん中に池上村と馬込村の境界線が走っており、赤松小学校から来た道と北からの道が交差する等高線で一番高い所が出穂山と記載されています。送電線の位置は今とほぼ同じようです。碑衾西南部が国会図書館にもないようですが情報をお持ちでしたらご教示下さい。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。

大岡山駅近辺は、田園都市が土地買収をはじめる以前から、3村の境界線は変わっていないような印象です。そして、大岡山駅の位置は、開業当初から荏原郡馬込村にあり、最初から駅名は隣村の字名から採ったことがわかります。また、隣接する池上村大字石川の小名に「大官山」(おおかんやま)というものがあり、この地域の古老曰く「おおかんやま」と大岡山のことを読んだ(呼んだ)という話もあることから、村境と関係なく「おおかんやま」と当地域をいった可能性も指摘できます。

なお、碑衾西南部地図については、探せば出てくるはずなのでしばらくお待ちください。

XWIN II様
大岡山の情報有り難う御座います。国会図書館の地図ですが和紙のような上質の紙に印刷されており、丁寧に保管されているので保存状態は良好です。戦時体制に入ってからの印刷物は紙質が悪く劣化したために多くはマイクロフィルム化されています。残っていても苛性ソーダで蝕まれています。問題の地図が探し出せることを期待してます。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。
メインノートPCを変えて初めてのコメントとなり、時間をあけてしまい恐縮です。

さて、問題の地図(碑衾西南部3,000分の1地図)ですが、とりあえず見つけられたのは昭和初期のもので、既に大井町線までが完成しているもの(ただし、大岡山から西側はまだ)でした。よって、ご期待には沿えないかもしれないといいつつも、これはこれでなかなか面白いのは、現在の東工大の敷地が現在と大きく異なっていること(これは当時の10,000分の1地形図でも確認はできます)で、この地図が正しければいったんは住宅地として分譲されたものがもう一度学校敷地となっているというものです。

また、東工大の敷地は闇の等価交換(蔵前=大岡山)で行われているとの噂がありますが、その後の調整にも紆余曲折があったとされているように、よくわかりません。ただ、確実に言えることは、3村の境界は変わっていないようだということくらいです。

XWIN II様
大岡山
コメント有り難う御座います。一旦宅地化されたことに興味があります。宣伝パンフレットでは大岡山も田園都市計画に入っている様に記載されています。大正末期の宅地化されていない昔の道路のみと、洗足田園都市のみならず他の土地も完全に宅地造成されている双方の地図はあるのですが、洗足田園都市のみ造成されている中間の地図は色々調べてみましたが未だに発見されていません。都立図書館では目下複写再生中のものがありますが完成する迄かなりの時間が掛かるようです。

りっこ様
東京都立図書館で城南地区電話名鑑を見ましたが、昭和5年の時点で長原には活動写真館はありませんでした。私の思い違いのようです。ちなみに当時の我が家の電話番号を見て懐かしく思いました。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます&遅れて申し訳ございません。ようやくPC環境が整った故、普段のレスポンスに戻るかと思います。

さて、大岡山、というか東工大内敷地の一部がかつて住宅地(昔からのではなく区画整理され分譲されたような形)だった部分は昭和4年(1929年)1万分の1地図「碑文谷」で見ることができます。場所は、現在の目黒区と大田区の区界が東西に走っているあたりの南側。昭和4年時には細かい区画に住宅地表示が地図上に表記されていますが、昭和12年(1937年)時の地図になると大学本部(一番大きな建物)等に変わっています。無論、昭和4年より前の地図ではそういう区画された住宅地は見えません。

いったい、どういう経緯でわずか10年ほどで住宅地が消えてしまったのか…。さすがに地図の誤記とは思えないので。

XWIN II様
東工大
コメント有り難うございます。昭和8/9年頃だと思いますが学年祭に行った時は整備されおり織機の実験を見学したことを覚えています。当時は未だ花形産業でした。カネボウの末路を見ると隔世の感があります。

初めまして。
大岡山の記事を興味深く読ませていただきました。

「馬込村字出穂山」は、明治に入ってから住所として付けられたと思いますが、
現在の北千束・南千束(あるいは石川町?)のどの範囲が出穂山だったかを知りたいと思っています。
大正後期、東急に買収される以前の、東工大敷地内の土地の地番が表記されている地図というのは存在するのでしょうか?
当時の住所でいうと、馬込村字出穂山3470番台~3480番台が大学敷地内に含まれていると思われるのですが。

何かわかることがありましたら、お教えいただけると幸甚です。
どうかよろしくお願いいたします。

ブーゲンビリア様、コメントありがとうございます。

>現在の北千束・南千束(あるいは石川町?)のどの範囲が出穂山だったかを知りたいと思っています。

文では伝えにくいですが、東工大の石川台地区あたりが出穂山です。で、東工大敷地の地番が明記されている地図は、明治末期に東京逓信局が編纂した荏原郡池上村及び荏原郡馬込村、荏原郡碑衾村の各地図にしっかり掲載されています。一部は復刻版も出されていますので、探せば古書店でも見つけることができるかと思います。

1929年陸地測量部の碑文谷を見ると、呑川本流と清水窪に挟まれた尾根の大岡山駅の北側の丘陵部分に大岡山と記されており南側の丘陵部分に馬込村の出穂山と記されております。ただここで興味深いことは、現在の北口商店街の東側の清水窪に向けての斜面に工業大学の建物が並んでおります。駅の南側の本館は既に完成しておりますがその南側は整備された宅地化されています。後日土地を北口と交換したのでしょうか?

XWIN II様

さっそくお返事いただきましてありがとうございました。

>明治末期に東京逓信局が編纂した荏原郡池上村及び荏原郡馬込村、荏原郡碑衾村の各地図

昨日、都立中央図書館へ行って調べてきました。

池上村と、碑衾村の原図は中央図書館が所蔵していましたが、馬込村は大田区立郷土博物館の所蔵でした。
が、郷土博物館編集の図録「大田区地図集成」の中に掲載されており、これを拡大コピーすることで、何とか目的の地番を確認することができました。
いずれも大正6年発行のものですが、この時代の地番入りの地図はないものとあきらめておりましたので、ひとつ問題が解決でき、すっきりしました。ありがとうございました。


木造院電車両マニア様

>駅の南側の本館は既に完成しておりますがその南側は整備された宅地化されています。後日土地を北口と交換したのでしょうか?

私の家も、かつて本館南側に畑地を持っていて(今回、探していた地番の場所なのですが)、昭和6年に、当時東急が所有していた清水窪の土地と等価交換しております。
キャンパスが分かれていて不便だったので、本館南側を拡張し、石川町地区と繋げて一つにしたかったようです。

ブーゲンビリア様
情報有り難う御座いました。小生は洗足に生まれ、第ニ延山小学校を昭和14年に卒業したものですが、当時北千束あたりから何人か越境入学していた生徒がいました。また同級生で東工大を卒業したものもおりましたが残念乍ら話が出来ない状態です、最近迄欧州の特許関連の翻訳を行っておりましたので東工大の図書室はよく利用しておりましたが、留学生の寮のあるところまで広大な敷地が広がっており、キャンパス内の散歩を楽しんでおります。

東工大のページへ行ってみたら、
「東京工業大学 130年の日々」
というところに、
「大正13年 東京高等工業学校 出穂山の門」という写真が掲載されておりました。

よろしかったら、こちらをどうぞです。
http://titech130.blogspot.com/2010/04/130.html

ついでにこんな話も拾ってまいりました。

「石川台キャンパスの歴史は古く、東工大が昭和の初めに関東大震災に罹災し、大岡山に移ってきた時に既に平屋建ての研究施設が建設されています。しかし、当時は大岡山駅周辺、清水窪、石川台(当時は「出穂山」)とキャンパスが分かれており、不便でした。そこで、昭和3年の冬、当時の中村幸之助校長は東急電鉄(当時は、目黒蒲田電鐵株式会社)の五島慶太氏と交渉を開始し、東工大が持っていた碑衾(ひぶすま)町呑川付近+清水窪付近の3万2千坪と、本部と石川台の間の民有地1万8千坪を交換して、昭和9年10月22日、めでたくキャンパスが一つにつながったのでした。(中略)土地取得に関しては、公式の記録にもあっさりとした記載しかありません。東工大が東急電鉄と交換した民有地は、もともと東急が所有していた土地ではなく、東急は各土地所有者からまず土地を買収し、その土地をもって東工大との土地交換を行ったようです(「東京工業大学六十年史」) 」

りっこ様
東工大ホームページ有り難う御座います。図書館に通う度に稲荷神社と門の痕跡が気になっていましたがこれではっきりしました。130周年だそうですが出かけるのも暑さが収まってからにしようと思っています。もう兵隊さんのときの元気さはとっくの昔ですからね(笑い)。

木造院電車両マニア様

そうなんですね。どうやら来年が130周年みたいです。今年からいろいろな行事がスタートしています。今年の11月の1日~30日 百年記念館で、「大岡山キャンパスの歴史」展があるそうなんですよ。この百年記念館って、一般の人でも入れるのでしょうか?ご存じだったら教えてください。1カ月間やっているので、私も機会があれば行きたいと思っています。(入館可能なら、ですが・笑)
それにしても、東工大って、10月にはミス東工大コンテストも開かれるんですね。ちょっとびっくりしました。毎年やっているんでしょうかね(;^_^)

あ、それからまたおまけ話なんですが。こんな広告を見つけました。
昭和初期(10年より手前)だと思われますが、正確にはいつだかわからないのが残念ではあります。一応書いてみますね。

【大岡山分譲地新規売出】(現代漢字に直してあります)

土地の御選定は伸び行く大岡山へ

位置 目蒲線 大岡山駅前 1丁
       工業大学校舎跡
住宅地    90坪より
価格     住宅地 51円より
特色     土地高燥(←この字は判別ちょっと不明)交通至便
       道路下水瓦斯水道完備
特典     土地代金十年月賦
       建築資金低利融通
案内書贈呈
目黒蒲田電鉄会社 田園都市課

りっこ様
大岡山駅前分譲地の広告を見て父が洗足で購入した価格が坪35円ぐらいだったと記憶しておりますので昭和恐慌の影響が尾を引いていた昭和7年ぐらいでしょう。東工大も130周年だそうですが、最近は住民登録でそのくらい長生きしている人もいるようです(笑い)。

コメントありがとうございます。

>【大岡山分譲地新規売出】

ここはおそらく大岡山駅北口方面の跡地、現在でいうと大田区北千束一丁目36, 37, 39, 40, 42番あたりの分譲地かな、と思います。
http://www.its-mo.com/z-128181213-502882448-18.htm

で、出穂山に関する話が出てきましたので、今日のblog記事は「出穂山」について取り上げてみました。こんな調子では新奥沢線や洗足田園都市に関する論考ができるのかと思われるかもしれませんが、ご容赦願います。

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