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2010/02/04

コメント

XWIN II様
軽便鉄道法では曲線や勾配の制約が緩いのですか? 目蒲線の目黒から不動前迄の当初の勾配と曲線は路面電車なみでした。
現在の池上線の池上から雪谷までは最も起伏の少ないルートを選んでいるような気がします。

XWIN II様
田園都市の予定地の南端の五叉路の放射線の中心を初期計画線が通るようになっていて、以前にご指摘の点が理解できました。

XWIN II様
軽便鉄道
地下鉄日比谷線の様に路面電車のルートをほぼ踏襲している路線では急カーブの連続です。中目黒では大きな事故もありました。当方の愚問を無視して下さい。申し訳ありませんでした。

もうじき蒲田というか、池上駅のあたりで、線路がくにゅーんと曲がっているのは、ここに「池上競馬場」があったからでしょうか。池上電気鉄道の歴史には余り深く載っていませんが、この電気鉄道、池上本門寺への参拝とともに、池上競馬場へのお客も見込んでいた、ということが書かれていたように思います。
もっとも、池上競馬場。すぐに廃止になっちゃったんですよね。目黒競馬場に移ったせいかな。これも、乗降客的に、「目論み違い」になってしまったんでしょうか。

りっこ様、コメントありがとうございます。

池上電気鉄道の蒲田支線は、本線(大森~池上~目黒)に対する支線という位置づけですが、事実上、池上~大森を諦め池上~蒲田と接続先を変更するものでした。よって、池上駅予定地(ほぼ現在の池上駅の場所)から蒲田駅までの支線は、本来なら直線で結ぶのがいいに決まっている(線路用地買収面積が最も少ないため、他)のにあれだけ湾曲しているのは、池上競馬場がらみではなく直線で突っ切ることができなかったためです。
最初から直線(南東へ一直線)ではありませんでしたが、それでも今よりは計画線は湾曲していませんでした。それがああなったのは蒲田駅西側が住宅地化が進んだ結果、極力住宅移転費用が発生しない・用地買収に地主が応じた等の理由から、あのような線形となったはずです。当時の代表はあの高柳氏ですので。

XWIN II1様
コメント有り難う御座います。蒲田駅西口の宅地造成は銀座の黒沢タイプライターの黒沢氏の住宅が主役だと思います。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。

黒沢商店については、仰せの通り蒲田西口の発展はこれなくして考えられないわけですが、これを受けて大正期には西口開設となり、以降、現在の多摩堤通り付近に面して住宅等が立ち並んだ結果、線路用地を確保できなくなった…という流れかと。
消極的な高柳体制故、こうなったのかなぁと。

XWIN II様
高柳体制
悪い奴程良く眠ると申しますが?今日のリーマンブラザース並みのファンド創設者の同氏は結構長生きされたようです。

池上から先は呑川の低地帯ではなく久が原台地の最も勾配の緩い所を選んでいます。それでも最大勾配は1/44(22.5パーミル)で久が原迄のぼっています。建設費を最小限に抑えたのでしょう。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。

仰せのようにいわゆる千鳥窪(久保)と呼ばれる久が原台地へのもっとも緩やかな所を上っていくわけですが、もう一つ注目は池上村大字久ヶ原を避けるように、調布村大字嶺との境界付近を進んでいく点です。村の中心を鉄道計画が避けるのはもちろんですが、当時の高柳体制の考え方が見て取れます。

対決を避けるために境界線付近を通過させるのもコンセンサスをえるための安易な選択だったのかもしれません。しかし、雪谷から先は、石川台の切り通しの土で呑川の谷間に盛り土を施工しています。環七尾根越えでは1/30(33,33パーミル)の勾配を強行していますが経費の関係でしょう。戸越銀座の窪地への勾配も同様です。聞くところによると現在の勾配の最大限度は35パーミルだそうですので限度いっぱいですね。旗の台駅の一部が僅かな勾配に掛かっているのでブレーキを緩めると僅かに動くことがあります。もともと駅にする予定地ではなかったので仕方がありませんね。競願の後遺症というところですか。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。
石川台駅前後の切り通しですが、やはりというべきか高柳体制時の計画は現在よりも中原街道寄りになっていて、なるべく急な勾配にならないようなものでした。それが今日のような計画になったのは、急勾配を避けられなかったのに加えて用地買収に関係したという流れです。
当初は、石川台駅の計画はなく、鉄道敷設工事中に追加申請によって駅が誕生した経緯から、おそらく用地買収に協力した地元への見返りだった…と見るべきかと。

石川台駅に関する情報有り難う御座います。
地元の地主が耕地整理で池上電鉄と協力したことを自慢していましたがその理由が分かりました。ただ上の高台に昇るのに高齢者の方々は苦労されているようです。自転車も電動アシストを利用されてる方が多いようです。今日のような高齢化社会が到来するとは、私を含めて誰も予想しなかったことです。急勾配の坂もテレビコマーシャルには絶好のモチーフです。

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