前回の続き。
なぜ医師不足なのか、という点について
- 医師の標榜科目選択による不人気科目の存在
- 勤務医から開業医への流れ
- 地元医師会の地域中核病院への協力体制欠如
を挙げた。このほかに、前回の議論の中でふれなかったのは、病院の勤務医の労働が過酷だということだが、これは病院経営が現状では赤字体質に陥りやすいという問題が大きい。赤字になれば、企業なら当然だが、病院でもコスト削減が図られる。そして、もっとも狙われるのは人件費である。人件費を削るには、単価を落とすか、総量を減らすかのいずれかだが、通常は総量を減らす方が効果が高いので、人減らしが行われる。結果、勤務医一人一人の負担が大きくなり、勤務医から開業医へのシフトが強まる(それどころか、医業をやめてしまうこともある)。ますます勤務医が減るという悪循環に陥り、最悪の場合は病院廃業に至る事例となるわけである。
では、病院経営の赤字体質の原因はどこにあるのだろうか?
医療費コストの上昇も確かだが、診療報酬体系はそのあたりのことを当然に考慮に入れているので、まったく当たっていないわけではないが、本質的なものではない。原因は医療費踏み倒しである。これは、救急医療機関ほど傾向は高い。
この手の統計があるのかどうか知らないが、医療費未納が診療報酬全体にどの程度占めているのか、正確なところはわからない。だが、専門家でもない私ですら、次のような話はよく聞く。
「救急搬送された患者さんをICUで治療し、二週間の懸命な治療で命を取り留め、退院できる程まで快復した。しかし、この患者は健康保険、医療保険の類に未加入で、しかも勝手気ままな生活を送っていたため、何の資産もない。なので、数千万円の医療費をほとんど回収できなかった。そもそも救急搬送された理由が、単なる酒の飲み過ぎが続いただけの自己管理不足という無責任極まりないものだった。」
こういう事例を病院も指をくわえて見ているだけではない。地元の福祉事務所に掛け合い、入院期間だけでも生活保護の適用を訴え、医療費回収を図る。生活保護適用となれば、患者自身に何の資産もなくとも、医療扶助により全額福祉事務所に医療費を請求できるのである。また、健康保険に加入していれば(どの程度健康保険料が未納であるかにもよるが…)、最悪患者自身に支払い能力がなかったとしても、通常7割分は健保組合等に請求して回収できる。すべて回収はできないまでも全額回収できないことに比べれば、痛みは少ない。だが、このような適用ができる事例はそれほど多くはない。よって、医療費未納となり、すべてが病院の負担、つまり赤字となってしまうのである。
救急医療体制が危ういとされているが、本当に必要とされる以外の出動が多く、現場は疲弊しているとも聞く。命の重みに違いはないといいつつも、またヘンな人が搬送されてきたら…という恐怖も病院側には常にあるだろう。結果として、ヘンな人を受入れれば赤字になり、それが人件費削減を伴って、さらに現場が手薄になり労働が過酷になる。この悪循環や、こういった負担を病院や医師、医療従事者だけに負担させていいのだろうか。
医師不足というが、この問題の本質は、様々な福祉問題に直結しているのである。本当に不足しているもの(あるいは過剰になっているもの)は何なのか? 物事の一つだけをあれこれ言うのではなく、全体の循環の中で何がボトルネックになっているのか。個別最適化ではなく、全体最適化を適用すべきなのは言を待たない。国民の側もわかりやすさだけを求めるのではなく、じっくり説明を聞くという態度が重要だ。若者や年寄りの多くには、厳しい話とは思うのだが…。
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