明日(11日)で東日本大震災発生からちょうど2年になる。この日に向けて様々な関連する報道や特番が成されているが、被災地の方々がどうなっている的なものがほとんどで辟易する。もちろん、お涙頂戴が不要だというつもりは全くなく、我が国にとってお好み的な切り口であり、記者と称する無分別な人達が取材として土足で踏み込んできたり、演技を強要することなどからも仕方のない面はある。
だが、こう言っては何だが、被災地や被災地の方々が今どうなっているかという話が、国民全般に今後の役に立つようなものかといえば残念ながら否定的見解にならざるを得ない。そんなことよりも長期的避難を続けざるを得ない状況に追い込まれた理由は何か、そして今後同じことを繰り返さないようにするにはどうすればいいのか。原因究明やそれを示唆するようなものこそ、積極的に行うべきものと考える。
とはいえ、そういったものが視聴率的に厳しいこと。予算や人材、スポンサーなどの事情から行いにくいことがある事情も、長年企業勤めをしていればわかっていることではある。そんな中、公共放送の面目躍如といえるのが、NHKのNHKスペシャルのうちのメルトダウンシリーズ「シリーズ原発危機 メルトダウン ~福島第一原発 あのとき何が~」と「メルトダウン 連鎖の真相」と「3.11 あの日から2年 メルトダウン 原子炉"冷却"の死角」である(本日(10日)放映予定)。既に過去に放映されたものは、昨日(9日)の再放送のように放送局の都合に左右されることが当然だったが、今日ではNHKオンデマンドという有料ではあるがいつでも番組を見直すことができるツールがあり、環境さえ整っていればだが、すぐに視聴も可能である。
──と宣伝っぽくなってしまったが、未曾有の大災害だからこそ検証すべき点は数多あるはずで、早く幕引きにしたい気持ちも一方ではよくわかるが、まともな検証報道こそ求められよう。そんなことをおもいつつ、今回はここまで。
関東大震災の悲惨さを目の当たりにした私の父は、瓦屋根の家が倒壊している様子を見て新築した家の屋根は今日で言う軽量化の一環として天然スレート葺きとしましたが、皮肉なことにその後地震に襲われる前に、アメリカ空軍の焼夷弾攻撃には無力であったことを思い知らされました。予測不能は世の常ですが、灰燼に帰した我が家を見た時に、一つの事象に囚われることなく、時には視点を変えて物事を観察することも大切であることを痛感されました。今にして思えば世田谷辺りの郊外に移転すること勧めた父の知人の言葉に素直に耳を傾けるべきであったと思いました。3月11日の津波の犠牲者の多さに驚かされますが、昭和20年3月10日の東京大空襲による犠牲者の数が推定10万人であったことを思うと、人災も犠牲者の数だけみれば、自然より残酷であることを思い知らされた経験でした。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2013/03/10 19:09