以前にもほんのわずかだけふれたが、今回は「特別区町名町区総覧 東京大都市の地域の記録」(編著:公益財団法人 特別区協議会。発行:時事通信出版局)についてあれこれ語っていこう。本書は税別11,500円とそれなりの価格であるが、なかなかの労作であり、私にとっては価格以上の価値があったと断言できる。これはいかなる本なのか。これについては、本書自身に語ってもらうのが一番だろう。
「東京にまつわる地名や町名に関する書籍は数え切れないほどありますが、そのほとんどは地名の由来や縁起を中心とした歴史地名辞典の類と言えます。本書は、そうした書籍類とは趣を異にしています。」
と、まえがき(こういう標題ではないが本書の最初に書かれているので便宜上こう称する)で主張するように、本書は読んで面白いかと問われれば、ほとんどの方々にとって単なる地名(町名など)の羅列でしかなく、地名そのものの歴史についてはまったく記載がない。淡々と町名町区の変遷を辿るだけなのだ。しかし、それは徹底されており、他の書籍が省略するような細かい変遷まで完全に網羅しており、私が思うに過去こうした書籍は登場したことがないのではないかと見る。
では、どのような内容なのか。私の説明では具体的にイメージしにくいだろうから、本書の一部を以下に示してみよう。
このように延々と、いつ、どの町名(字名)の、どこが、どのように、変わったか、が記載され続ける。本書のほとんどがこういう列挙型なので、正直言ってしまえば素人さんお断りという作られ方だと感ずる。だが、それがいいのだ。
上に示したように本書では、ごくごくわずかな異動ですら記述している。正確に言えば、東京府(東京都)広報等に告示行為としてなされたすべての異動が、年月日(施行日、実施日、告示日など)及び根拠となる法令、告示番号等と共に記載され、本書の価値はここに尽きるといって過言ではない。
しかも、ざっと見た限りではあるが、本書にはいわゆる誤植の類がほとんど見られないことも特筆すべきことである。それどころか、あえて原典が誤ったものでもそのまま(誤った状態で)記載しているように見えることも好感が持てる(とはいえ、正しくはこう、という注釈があってもいいと思うのだが。だからこそ、素人さんお断りに感ずる)。例えば、次の例を見てみよう。
これは、世田谷区における昭和二十五年七月一日施行の町境界変更のものだが、ご存じの方であれば「下田代町」は誤りで正しくは「下代田町」だとお気づきだろう。だが、これは誤植ではないのだ。ちなみに下代田町の登場する他のページ(時期)のものを示すと、
ご覧のように昭和七年十月一日に東京市に合併された際、新たに誕生した町として下代田町が列挙されている。また、
昭和三十九年二月一日に住居表示実施の際には、下代田町が消滅して代沢等になるが、ここでも正しく下代田町と表記されている。とはいえ、単に昭和二十五年七月一日施行のものだけ誤植したのではないかと思われるだろうが、さにあらず。原典(東京都広報)で「下田代町」と誤って記載されているのだ。つまり、本書は誤ったものをそのまま載せているというわけである(よって誤植ではない)。
これを確証したのは、戦前の蒲田区の町名変更に関する箇所で、
このように、御園町一丁目から三丁目までが新設されたように記載されているが、正しくは御園一丁目~三丁目で「町」の字を外したものが正しいのだが、実は当時の東京府広報に掲載されているものは「御園町」となっているのである。それが改正直前になって、地元の強い要望により「町」の字が外されたのだが、東京府広報の修正が間に合わなかった。私の手持ち資料では、後付けで手書きで「町」の字に×が付けられているが、要は広報(告示行為)の時点では御園町一丁目~三丁目が正しく、それを本書も踏襲したというわけだ。
もっともそんな深謀遠慮などなく、単に書き写しただけだという見方もあるだろう。だが、本書にわずかばかりではあるが制度解説を読むかぎりにおいて、そこまで考慮に入れたのではないかと思うだけの内容が記されている。真相はわからないが、久々に良書に出会ったと感激しつつ、今回はここまで。
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