「僕らのパソコン30年史 ─ ニッポンパソコンクロニクル」(編著:SE編集部、発行:翔泳社)を書店頭で見て、思わず懐かしさのあまり即買いしてしまった。というのも、かつて翔泳社からは青い表紙の「僕らのパソコン10年史」という本があり(これは本書でもふれられている)、この続編であろうことが容易に推察されたからである。
とは言いつつも、もちろん「僕らのパソコン10年史」がそのままあって、その後に20年分が追加になったという構成ではない。残念ながら、捨ててはいないはずだが発掘できない「僕らのパソコン10年史」を見れば一目瞭然だが、かつての記憶を頼りにすれば、記述内容は10年史のそれとは異なっている。というのも、10年史が出たのが1989年ということで、時代は平成になったばかりでベルリンの壁が崩壊した年。まだソ連は現役であり、バルト三国は衛星国扱いであり、ユーゴスラビアは第一次世界大戦後の独立した版図がほとんど変わらずにいた頃。PCの世界においてはWindows普及の先駆けと言えるWindows 3.0の発表は1990年(我が国では1991年)と翌年であるし、80386マシンはまだまだ高嶺の花。もちろん、DOS/Vなど影も形もない。つまり一言で言えば、ベルリンの壁崩壊以前と以後で世界が変わったように、PCの世界もまたWindows普及以前と以後で世界が変わる前であったのだ。
そういう時代に出版された10年史は、PCがまだまだ一般に普及していたとは言い難い時代に書かれたものであり、今でもPCに詳しい(明るい)者はマニヤ的な言われ方をするが、当時はそれ以上、いやはるかに超越していたマニヤ(ヲタク)扱いだったことは当然である。そういう中で、「僕らの~」と名乗ったことは、要はマニヤ向けの書籍であり、正規のコンピュータの歴史ではない、まさに「僕らの~」的な視点で書かれていたのだった。
だが、30年史となった本書はどうかというと、そこまでマニヤ色は濃くないように感ずる。無論、明るくない方がご覧になれば、ヲタクっぽぉいとなるかもしれないが、PCの普及率からして一般に当たり前となった今日、それそのものが特異な物でなくなったことで、そこまで特異な印象は受けない(私などを含む一部の可能性有…苦笑)。紙質も、10年史のようなかつての電話帳っぽいような薄い安っぽい紙でなくなったことも大きいが、装丁がまともな一般的書籍に見えるところも、そういうフツウな印象を受ける理由の一つかもしれない。
本書は、大きく二つのパートから構成される。一つは各年毎のトピックをまとめたもの、もう一つは通史的な流れでトピックを追うような展開となっているが、形としては両方あることで歴史を掴みやすくなっていると言えるだろう。最後にこれらパートを一覧することで、本書の概要を示しつつ今回はここまで。
Part 1 パソコン年代記
1971~1980年 黎明期
1981~1985年 市場形成期
1986~1990年 PC-9801と一太郎の時代
1991~1995年 DOS/VとWindowsの時代
1996~2000年 Windowsとインターネットの時代
2001~2009年 デジタルコンテンツの時代
Part 2 パソコンをめぐる時代の変遷
CPUとPCアーキテクチャで見るパソコンの歴史
OSの系譜
パソコン雑誌と時代の流れ
アキハバラ今昔
うーん、懐かしいですね。1982 年に購入の Sharp の MZ-2000が私の最初の PC(?) でしたので、この年表に従うと市場形成期に該当します。その後、X1-Turbo、X68000 と購入しました。当時の Sharp の製品は和製MAC と云われていましたが、今、自分が iMac、ipad を使っているのは何かの縁でしょうか(笑)。
投稿情報: Josef | 2010/06/02 17:21
Josef様、コメントありがとうございます。
SHARP派からApple派へ。
私もX1 turboとX68000ユーザではありましたが、前史としてTK-80の洗礼を受けましたので、どうしても680x0やPowerPCに馴染めず(苦笑)、x86の道を進んできたなぁといったところでしょうか。
もっともMacもx86(x64)になっているので、そんなことはないのですが、私にとってのx86はP6マイクロアーキテクチャによって終止符を打たれた(中身はx86命令ではなくμOpsなのでアセンブラの価値はなくなった)ので、もう流れ的に…。おそらく、VAIO Zのようなものが出てなければ、MacBookに流れていただろうとは思いますが。
投稿情報: XWIN II | 2010/06/03 07:09