昨日(11日)は一日祝日だったが、ほぼ一日じゅう読書三昧で、ほとんどPCにさわることもなかった(さわったとしてもいわゆるメールチェックした程度)。読書と言っても、速読のようなものではなくじっくり読まなければ理解がおぼつかないので、一冊読んだか読まない程度。そんな感じで珍しくBlogの更新を行わなかった。
で、今回は池上電気鉄道沿線の荏原郡下の町村、東京市合併直前(昭和7年=1932年9月30日時点)の状況はどうだったのかを振り返ってみる。
ベース地図は、以前に「旗ヶ岡駅と東洗足駅の歴史を探ってみる 総括編6」で示した池上電気鉄道初期路線計画図なので、東京府荏原郡下のすべての町村は書かれていない。今日の東京都品川区(品川町、大崎町、大井町、荏原町)・目黒区(目黒町、碑衾町)・大田区(入新井町、大森町、馬込町、池上町、東調布町、矢口町、蒲田町、羽田町)・世田谷区(駒沢町、玉川村)の部分であるが、これが昭和7年(1932年)10月1日の東京市合併時には、次のように変わった。
- 品川町 + 大崎町 + 大井町 = 東京市品川区
- 荏原町 = 東京市荏原区
- 目黒町 + 碑衾町 = 東京市目黒区
- 大森町 + 入新井町 + 馬込町 + 池上町 + 東調布町 = 東京市大森区
- 蒲田町 + 矢口町 + 羽田町 + (六郷町) = 東京市蒲田区
- 駒沢町 + 玉川村 + (世田ヶ谷町) + (松沢村) = 東京市世田谷区
(注)括弧内は、図中にない町村。
今日の行政区画を知っていれば、この区切り方法に不自然さは感じないが、未来を知ることができない当時の人たちにとって見れば、どんな統合のされ方でも賛成・反対はあったろう。また、これら町村も明治22年(1889年)に複数の村を統合してできたもの(馬込村等、一部は例外)であり、その組み合わせにも紆余曲折はあったはずだ。そして、もちろん池上電気鉄道や目黒蒲田電鉄の駅名選定にも、これらは色濃く影響を及ぼしている。これらを知ることで、より地域歴史への理解が進むのは言うまでもないとしつつ、今回はここまで。
馬込町
目につくのは馬込町の南北千束の飛び地です。旗本の知行地のように中延飛び地もありますが、何か事情があったのでしょう。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2010/02/12 21:31
木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。
作図上の問題から、馬込町が飛び地のように見えますが、実際にはつながっています。明治22年の町村統合時、馬込村は単独で一村を構成しますが、基本的に飛び地を認めないという当局の方針(小規模のものを除く)から、千束は馬込村から分離される危機を迎えます。
この時、隣接する池上村を構成することになる上池上村の一部(字平塚の一部。今日の夫婦坂付近)を馬込村に分割したことで千束と馬込本村が地続きとなり、一村として成立することができました。一方、池上村は馬込村から千束池を得、この結果、池上村と馬込村の境界が千束池で区切られるようになったのです。
飛び地については明治22年以前には、それこそ多数あり、その理由は同一地主だったことによるかと思います。江戸期には自由に土地の売買などできなかったでしょうから。
投稿情報: XWIN II | 2010/02/14 16:36
XWIN II様
情報有り難う御座いました。東急50年史の大井町線の建設担当ゼネコンが大岡山から環七迄を馬込村として区分されています。
しかし我々が一般的に馬込といえばプロパーな部分を意味し、少年の頃は半農村的なイメージでした。他方千束のイメージは進学校としての赤松小学校の学区というイメージでした。以前馬込町であったことを知っている人は僅かでしょう。管轄の警察署も東調布(田園調布警察)ですし、現在では、行政地区もむしろ調布地区です。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2010/02/14 17:55
木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。
仰せの通り、千束はいわゆる調布地区ですね。いつからこうなったのか? というのは興味深いですが、警察署の管轄というのはよほどのことがない限りは変更されないので、おそらくは田園調布警察署(東調布警察署)発足時にさかのぼるのではないかと思います。
東調布警察署は、昭和10年に現在の東急雪が谷検車区にできているので、馬込村(町)時代では大森警察署管内なので、この頃に調布地区扱いされたのかな、と。
また、役所の記録を調べる必要がありますが、大森区発足時、千束地区は大森区役所管轄だったのか、それとも大森区役所分所(直前の東調布町役場でいわゆる調布地区を管轄)だったのか。
これらを確認できれば、千束地区が馬込からの独立(縁切)を果たす流れが見えてくるでしょう。
投稿情報: XWIN II | 2010/02/15 07:33
XWIN II様
情報有り難う御座います。
調布町役場は調布地区の行政機能と種々の行政サービスの中心になっており、東調布警察署も昔は調布大塚の駅の向かいにあり、現在は付近に水道局、雪谷税務署、保健所や大田区役所の行政センターもあり、雪が谷大塚はミニ官庁街を形成しています。
反対に池上線の内側の馬込地区は長らく農村の雰囲気を残しており最近迄畑作が行われていました。都営浅草線が西馬込迄開通した時にもっっと発展すると思いましたが思いのほか伸びませんでしたね。人口減少の時代に突入して急激な発展は望めないでしょう。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2010/02/15 09:42