年金特需のおかげで、休みもないほど働いたが、ようやく一息つけるようになってきた(というか多忙に慣れてきたというべきか)。春先、入院したが、また入院するはめになるのがこわいのでほどほどにしたいのだが、ま、気をつけよう(苦笑)。
さて、久々のBlogの話題は、またしても年金に関してである。システムレベルの話を続けてもいいのだが、その大前提の部分を理解していない人(若手だけではない)が多いことに気付き、仕事でも呑み会の席でも話してきたこの手の話を徒然と書いていこうと思う。
年金保険制度、その根本的問題は、需給のアンバランスにあることである。我が国は高齢化が進み、まず国民年金の破綻が明らかになってきたことで、各種年金の統合が推し進められた(まだ統合されていないが、法令で統合が決まっている。現時点では、老齢基礎年金部分が統合の象徴と言えるだろう)。国民年金の破綻の主因は、その納付率の低さと、国民の代表方面からの圧力により国民年金保険料の引き上げがあまりできなかったことにある。
納付率という観点からすれば、100パーセントに近い厚生年金と、ほぼ100パーセントの共済年金と、わずか60パーセント台(裏を返せば未納率30パーセント以上)の国民年金を統合しようというのは、これ自身に無理がある。が、ごり押しによって、統合への道筋はできてしまった。無論、国民年金の納付率が100パーセントに近い状態まで持ち直せば、疑義はなくなるが、それはほぼ不可能といっていいだろう。
年金制度を破綻させない合わせ技として、支給年齢の引き上げもある。当初は、55歳だったが、すぐに60歳に引き上げられ、長年これが維持されてきたが、10年ほど前に65歳に引き上げられた。現時点では経過措置となっており、「原則65歳」だが、一定の時期が過ぎれば「すべて65歳」となる。だが、平均寿命の伸びと特殊合計出生率の低下もあって、早晩70歳への引き上げも検討されているのが現状である。
年金も積み立て預金のようなもの、と思っている人も多いようだが、あくまで「保険」であることに着目してほしい。名は体を表す通り、積み立てたものがまるまる戻ってくるのではない。制度当初は、「強制貯蓄」制度だったので、通貨の切り下げなどが行われない限りは貯金のようなものだったが、完全積立方式は長くは続かず、すぐさま修正積立方式に変わった。その名のごとく、元本保証はこの時点で失われたが、国民皆年金制度として昭和34年(1959年)に国民年金が導入されたときには、積み立てどころか、財政投融資に回されることとなった。
要は、投資に失敗すれば元本割れで済まず、完全に失われてしまっても仕方がない(文句を言うことはできるが、犬の遠吠えである)。ディーラーは国であり、投資に失敗しても責任を問われることはない。不祥事でも起こらない限りは、巧妙にそのあたりは多くの国民の目にふれることはないので、問題にすらならないのである。
長くなったので、このあたりで次回に続きます。
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