小田急電鉄のお知らせによれば、「3月23日(土)始発より東北沢駅・下北沢駅・世田谷代田駅のホームが地下に変わります」ということで、早速花見がてら現場の様子を見に行ってきた。
まずは、環七通りが下をくぐる世田谷代田駅付近。ご覧のとおり、このあたりは平面交叉だったところを環七通りが道路を切り下げて立体交差化したのであるが、何と今回の工事によって、環七通りのさらに下を小田急線が通ることとなった。結果論でしかないが、こういったちぐはぐなところが都市計画がいまいちだといわれる所以だろう。
環七通りを跨ぐ辺り。今でも鉄道設備は健在だが、昨日と今日では大きく違う。それは旅客を乗せた電車はもうここを走ることはない、ということである。
ほぼ同じ場所から線路がよく見える側に移動し、梅ヶ丘駅方面を見る。昨日までは、ここを多くの電車が行き交っていたのだ…。しかし、今日は静かなもの。沿線の方々は、さらにその思いは強いに違いない。
昨日までの出入り口(左側)と今日(右奥)からの出入り口。入口には、人が立っていて「こちらが入口です」と利用者にぶっきらぼうに語りかけていた。
そして、駅構内…もとい旧駅構内。営業中には一般人が絶対に撮影困難(不可能)な場所から、世田谷代田駅ホームを撮影した。
というのも、このように相対式(対面式)ホームを跨ぐような構造物ができており、この上から撮影を行ったという次第。
世田谷代田駅~下北沢駅間。遠くに廃止された下北沢3号踏切が見える。ここももう電車が走ることはない。昭和2年(1927年)の開業から数えると85年ほど走り続けてきたことになるが、それも昨日で終わった。思えば、東横線の渋谷駅も昭和2年(1927年)開業だったので、ほぼ時期を同じくして終焉を迎えたことになる。
下北沢駅。井の頭線との乗り換え部分。こうして見ると、人が行き来している時は気にならなかった駅の古さが目立つように感ずる。活気がないと古く、見窄らしく見えるのは、こういうところからも伺うことができる。
伝言板(掲示板)。黒板にチョークというのがいい感じだ。地上の下北沢駅にありがとう、ということだが、井の頭線の方は地上のまま残ります。あくまで小田急線の下北沢駅ということで。
踏切から見た旧ホーム。さすがに下北沢駅付近では鉄道ファンと思しき人たちが多く、カメラのレンズを旧駅や線路に向けていた。世田谷代田駅では、ほとんど見ることはなかったのだが…(時間帯もあっただろうが)。
東北沢駅方面を見る。下北沢駅~東北沢駅間は5か所の踏切が廃止されたが、このように青いフェンスで囲われているため、上り坂となる区間では遠くまで見通すことができる。
東北沢駅旧ホーム。本当に昨日まで使用されていたのか?と思うほど。
東北沢駅東側の旧踏切から代々木上原駅方面を見る。ここは早くから複々線化ができていたのだが、結局、地上時代では活躍の場はあっという間に終わった。なお、この踏切道は渋谷区と世田谷区の区界にあたり、ここから南にちょっと進めば目黒区との境界も近い。
以上、簡単なフォトレポートのようになったが、今回はここまで。
下北沢は東京の若者のサブカルチャーの町として勇名ですが、菅原文太氏も複雑な心境ではないのかと改めてご子息のご冥福を御祈り致します。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2013/03/26 14:44
市街地区の線路の地下化あるいは立体化は、中央線以南はこれでほぼ完成した様に思われますが、西武や東武は依然として遅れている様に思われます。西武も昨今の投資グループの要求に見られる様に経営が思わしくありませんが、宅地開発を怠り、レジャーにのめり込み過ぎたツケが回って来たのでしょう。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2013/03/27 08:40