素晴らしい本(雑誌)が発売された。だが、一般ルートにほとんど乗らないと思われる専門雑誌「化学」(発行:化学同人)の別冊で、この素晴らしい本がどれだけ人の目にふれるかわからないが、新潟の印刷所で印刷された某検証本よりもはるかに優れたものだと思う。
とはいえ、専門雑誌「化学」の別冊なので、最初の絵解き以外はそれなりの知識を要する。巻末に用語解説はついているが、まったくの素人さんが読むのは厳しい。私の感覚でしかないが、まっとうに物理や化学を勉強していれば高校生くらいでも読み進むのは問題ないと思う。
興味深いのは、雑誌「化学」の通常号はどうかは知らないが、この別冊は広告がまったくないのである。これは裏表紙をめくった状態で撮影したものだが、通常の雑誌なら(科学雑誌とかでも)広告が載るスペースと思われるところが、何も載っていないのだ。広告どころかまったく何も書かれていない(裏表紙には雑誌コードとか定価など最低限のものしかない)。意図的なのか、広告の入稿がなかったのか、あるいは通常号からこうなのかはわからない。ただ、異様な印象を与える。
では、目次を列挙してみよう。
巻頭カラー
絵解き これだけは知っておきたい 原発のしくみと基礎
写真で見る 福島第一原発事故 収束に向けて
Color Figures ── 「最初の放射線マップ」など
Part 1 福島第一原発は今どうなっているか
インタビュー 専門家の眼から見た事故発生後 300余日 ─ 原子炉で何が起きたか、どんな課題が残るか 岡 芳明先生に聞く
Part 2 環境中における放射性物質の動きを追う
Chapter 1 大気シミュレーションで明らかとなった,放射性物質の沈着メカニズム
Chapter 2 土壌中における放射性セシウムの挙動
Chapter 3 森林における放射性物質の汚染状況と今後の課題
Chapter 4 海洋へ放出された放射性物質 ─ 日本近海域のにおける拡散予測
Chapter 5 海洋に放出された放射性物質の長期地球規模での挙動
Chapter 6 放射線の人体への影響と健康被害を回避する物質
Chapter 7 被災地における農業研究 ─ 生育した農作物からわかってきたこと
Part 3 奮闘する科学者たち ― 現場を駆ける!
Chapter 1 インタビュー 福島大学放射線計測チーム「いまわれわれに出来ることは何か」─ 福島原発事故という危機的状況のなか,地を駆けずり回って手にした1枚の放射線マップ
Chapter 2 福島大学が福島のためにできること ─ 福島大学放射線計測チームの活動
Chapter 3 福島県立医科大学における緊急被ばく医療
Chapter 4 放射線クライシスの現場
Chapter 5 福島原発事故における内部被ばく検査の概況
Chapter 6 大気に含まれる放射能の測定 ─ 組織横断的な供給データの蓄積をめざして
Chapter 7 福島土壌調査プロジェクト
Chapter 8 新たに検出された放射性核種 ─ 福島第一原子力発電所周辺土壌の放射化学分離分析
Epilogue あらためて福島原発事故を問う
福島原発事故 残された課題 ─ 原発災害被災者の生活再建へ向けて
用語解説
著者紹介
Part 1は、一部では御用学者と揶揄されているが、原子力の専門家である岡先生へのインタビュー記事である。正直、内容については首を捻るようなところはあるが、これを踏まえてPart 2以降を読み進んでいくと、Part 1の価値は別のところにあると見出すことができる。あえて書かないが、私の予想通りとするなら、化学同人編集部の実力は侮り難し。優れた本(雑誌)たる所以は編集部にあるのだと実感する。
Part 2は、全120ページある本書の核の一つで、放射性物質がどう拡散し、どう吸着されていくかというものが実証と共に論じられている。かなり重い内容だ。脳天気な希望的観測など、まったく無意味で気休めでしかないことがわかるが、必要以上に騒ぎすぎであるものもこれを読めば得心できよう。情報とはどのように作られていくのか(観測値、測定値とはどういうものか)、という過程も説明されている記事もあるので大いに参考になる。
Part 3は、科学者たちがどのように原発事故に立ち向かったのかというドキュメンタリー(が中心)だ。面白い、といっては不謹慎だが、現場あってこその研究だというのがよくわかる記事が多数。このあたりまで読み進めば、Part 1のインタビュー記事への違和感も強く感ずるようになるだろう。私的には、Part 3が読みごたえがあったといえる。
だが、一番感銘を受けたのは、九州大学の吉岡 斉 先生が著されたEpilogue「あらためて福島原発事故を問う」だ。4ページほどの長さであるが、これが本書の白眉である。吉岡先生は、福島原発事故が超チェルノブイリ級事故への可能性(おそれ)を指摘し、そうならなくてよかった(運がよかった)とおっしゃっているがまったく同感である。また、チェルノブイリ原発事故にはない5つの大きな特徴を以下のようにあげておられる。
第一は、3基の原子炉がほぼ同時に炉心溶融に陥り、4号機の核燃料プールも大破したということである。同時多発的な過酷事故が起きたのである。それは事故収束作業に重大な制約を与えた。
第二は、事故の収束までに長時間を要していることである。政府は2011年末に収束宣言を行ったが、それは医学でいう「寛解」と「治癒」を取り違えたものである。再燃の危機はなお消えていない。
第三は、被害者の立場から見て複合災害だったという点である。つまり地震、津波、原発事故の三者がほぼ同時に襲来し、相乗効果を及ぼしていることである。地震学者の石橋克彦神戸大学名誉教授が提唱した「原発震災」という概念が、現実のものとなったのである。なお原子炉安全の立場から見ても、地震と津波というふたつのリスク因子の複合作用という点で、福島原発事故は複合災害だった。
第四は、大規模な海洋汚染をもたらしていることである。大気中に放出された放射能の大部分は季節風の影響で海洋に降下した。また格納容器の損傷部分を通って原子炉下部から漏洩した放射能汚染水のうち相当量が、海洋に流出していると考えられる。
第五は、福島原発事故が、チェルノブイリ原発事故(RBMK型という旧ソ連固有の、安全性の劣る原子炉が爆発・炎上した)とは異なり、世界標準炉である軽水炉で起きた超過酷事故だったことである。原子力発電国のほとんどが、軽水炉を唯一または主力の炉型として採用しているのである。
以上、一部を引用したが、まったくそのとおりであり、運がよかったのが幸いしただけでそうでなければ、東北はもとより関東地方も含めて人の住めない地域となり、世界大恐慌の引き金を引いてしまったに違いない。ほとんど起こらない超過酷事故だが、起こってしまえば取り返しのつかない事態になるからこそ、世界各地で反原発運動が起こり、ドイツ政府などが廃止に向かって動き出しているのは当然だといえよう。
こういう事態を我が国政府(いや、原子力ムラの人々か)は隠し続けていた。再び、引用すると──
吉田昌郎所長(当時)と簡単な質疑を行ったが、その際に吉田所長が何度も口にしたのは、「地獄を見た」「死ぬと思った」という言葉だった。とくに2号機のベントがなかなか成功しなかったときが、最大のピンチだったという。
吉田所長はさらに、格納容器爆発のもたらす結果について示唆した。それを聞いて筆者は、自らが思い描いた最悪のシナリオと同じイメージを描いていたことが、わかった。そうした吉田所長の危機意識はおそらく、東京電力本店や首相官邸にも伝えられたであろう。それにしては3月中旬において政府は過激なまでの楽観的情報を流し続けた。なぜそうした虚偽情報を政府が流し続けたのかは、しっかり究明されなければならない。また科学者については筆者程度の専門知識があれば当然、深い危機意識を抱いたと思われるが、なぜ大多数の科学者が過激なまでの楽観的情報を流し続けたかについては、真摯な反省が必要である。
というように、吉岡先生の筆致は厳しいが、正直当たり前のことである。愚民政策といわれても仕方がないようなことを行った結果が隠蔽であろうが、それ以上に他の原発に影響が及ぶのを避けたかったというのが実際だろう。なぜなら、福島よりも危険な、あるいは同程度に危険な立地の原発があるわけで、ひとたび超過酷事故が起こればどうなるのか…。
現実をどう理解し、そして行動するのか。
やはり、正当化するための議論を積み重ね、その点においてのみ、知識と知恵を使い続けてきた弊害を感じずにはいられません。「システムは健全であり、十分な余裕を持たせてきたし、経済的である」という立ち位置から出発すると、全ての議論、お金の使い方が、その方向にしか向かないことは明らかです。TMIやチェルノブイルがあっても、何故、我々は非常時を想定したロボットを作らないでいられたのか、など。またそういった議論・思考の延長上には、当然、隠蔽もあります。。組織的思考停止のツケを今払っています。
投稿情報: はひ | 2012/03/29 17:17