前回は二年間の朝日年鑑を見ながら、戦前と戦後で大きく変わったことを見てきたが、編集前記よりも広告の方に顕著な違いが見えたのではないだろうか。なので、引き続き広告の違いを見ていこうと考えたが、大変残念なことに戦後の「朝日年鑑 昭和21年版」には企業広告がたったの4社しかなく、阪急百貨店の比較くらいしか適当なものが見つからなかったのである。戦後は戦前よりも物資が欠乏しており、激しいインフレに襲われていたこともあって、真っ当な企業活動どころではなかったのだろう。つまりは広告を打つどころではなかったと思われる。
一方、戦前の昭和20年版(編集・発行は1944年(昭和19年))でも軽く20社以上の企業広告が出されており(だが、本文よりも広告ページはかなり薄い紙を使用している)、戦時色の強いものも多いが、単に企業名等を掲載するだけのもの、薬の効用だけをうたうものなどもあり、制限はあっても戦後間もなくのような状況ではなかったとなるだろうか。
そんなわけで比較はできないが、戦前の戦時色の強い広告を見ながら、当時の状況を慮ってみよう。まずは、公共的要素の高い瓦斯(ガス)会社のものからである。
「ガスも平気だ!」いや「ガスも兵器だ!」という大阪瓦斯株式会社。もちろん、毒ガスなどを製造していたわけではなく、燃料としてのガスを指す。とはいえ「ガスも兵器だ!」と言われれば、やっぱり毒ガスをイメージしてしまう。企業イメージとしてはどうなんだろうか?と、戦中の広告ではあるが気になってしまう。続いては、伊藤萬株式会社の ──
「戦う食生活!」。食事も戦いだったのか、とミスター味っ子のようなものかといえばさにあらず。「食栄素」というもののようだが、「これだけのお徳─」として、
- 炊いた御飯が増えます
- 燃料が少なく柔らかくなる
- 栄養がずっと増します
が列挙されている。どういう仕掛けで、このようなことを実現しているのだろうか。いや、実現しているのであれば、十分に現代にも通用しているものだろう。なお、広告右下の囲みには「醤油の増し方」として、「水一升と塩百瓦(盃筋切十杯)食栄素十匙と配給醤油一升とをよく撹拌すれば即座に二升の美味しい醤油が出来ます」ともある。御飯が増え、栄養が増し、醤油まで二倍にできる。食栄素おそるべし!だ!!
さて、続いては昇英堂の広告。大阪瓦斯のようなストレートさ、食栄素のような超科学(苦笑)は出てこないが、「赤心こめて女性も増産へ」と「勤労の喜びを胸一杯に いきいき輝く働く女性の尊い姿!」とあるように、女性も銃後の守りだけでなく、積極的に勤労して戦争参加(増産)を訴えている。化粧品と思われる女性向けの広告でさえこうなのだから、他の広告もそういう傾向となるのは当然かもしれない。
と、ここで残りは次回へ続きます。
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