誰かが言うのをそれなりに待っていたが(守秘義務等)、ついにインプレスさんのPC Watch 笠原一輝のユビキタス情報局「なぜCentrino Atomブランドは誕生からたった半年で消滅したのか」で、しっかり書かれたものが登場した。リンク先をご覧いただくまでもなく、Centrino Atomロゴシールが貼られたものは、国内においてWILLCOM D4しかない状況にあり、この市場がEee PCを嚆矢としたネットブックに席巻されたことを物語っている。
WILLCOM D4の迷走ぶりと同様、Centrino Atomブランドも位置づけというか、立ち位置がはっきりしないものだった。Intel社の定義はそれなりにしっかりしたもの(Menlowプラットホーム)だったが、これをどう適用するのかというところで現実世界で躓いた。市場は「高くても小型」なものではなく、「小型でなくても安い」ものを選択した。私自身、最近はともかく、10年以上いわゆるPDA的なものを使ってきた経験からすると、この手のものが普及するためには安価であることがまず最初にあり、加えて用途が限定されていて、かつレスポンスがよく、必要な操作が3~5秒以内で完結しなければならない。複雑なガジェットは一部には人気を得るが、普及することはかなわない。小さいというのはメリットであると同時に、用途によっては使う側のハンディでもあるのだ。
つまり、Centrino Atomブランドが想定したMobile Internet Device(MID。モバイルインターネットデバイス)とは、携帯電話専用サイトを除けば、基本的にPCを前提としているWebブラウズ等を考えれば、PCと同様の形態を採らざるを得ない。PCと同様の形態とは様々な形態があるにしても、究極的にはPCそのものでいいわけで、わざわざMIDなどを定義する必要性はない。
Centrino Atomブランドの先輩、Centrinoブランドは大成功だったが、このブランドの成立過程を思い起こせば、プロセッサ単体でのブランド戦略に難があったためだった。Pentium M(Banias)デビューにあたり、Pentium 4とのクロック差及び性能差が明らかとなってしまうと、Pentium 4の販促活動に難が生ずるからである。Pentium MはPentium 4よりはるかに低い動作クロックで同等の性能を発揮するため、クロック至上主義のPentium 4とは相容れない。Pentium Mのクロックが低いという懸念もあったろうが、むしろ高いクロックのPentium 4は大したことがない、となり、クロックの低いAMD社のAthlonプロセッサとの対抗上も都合が悪くなる。それどころか、Pentium MがPentium 4の領域に侵出する恐れも考えられた(これはCore 2 Duoで現実のものとなった)。
そこで、Pentium M単体でなく、チップセットやワイヤレスLANをセットにし、Mobile専用プロセッサを中心としたプラットホームにブランド名を与えることにした。これがCentrinoである。要は、Centrinoブランドとは、Intel社内の政治的妥協の産物ともいえるものなのである。Centrinoブランドが成功した第一の理由は、チップセットやワイヤレスLANが一緒だったからではない。初代Pentium M(Banias)が優秀だったからに他ならない。そして、Intel社の価格戦略(チップセットやワイヤレスLANをセットにすると大幅プライスダウン)も後押しした。
一方、Centrino Atomブランドはというと「Centrino Atom=Menlow」プラットホームであるので、チップセット等は定められたものを使用しなければならない。最初のCentrinoブランドの頃でも、Pentium Mを搭載していたからといって指定されたチップセット等を使用していなければ、Centrinoを名乗ることはできなかった。しかし、Centrino Atomブランドを目指せば、省電力及び省スペースのハードウェアを作ることができるが、一方でパフォーマンスやコスト面で難が生ずる。よりPCらしさを目指す方向となれば、どちらを取捨選択するかは言うまでもない。ましてや価格がそれを後押しするなら、何をか言わんやとなろう。
WILLCOM D4はワイヤレスLANのみならず、公衆無線回線(PHS)を搭載しており、携帯電話としての性格も持たせているため、省電力及び本体サイズの制約が大きい。確かに、これはCentrino Atomブランドが目指した方向性と合致するものであった。しかし、Intel社は一年どころか半年程度で、このブランドの旗を降ろした。この意味するところは、WILLCOM D4がいかに狭い市場で戦わざるを得なかったかを如実に物語っている。冠ブランドがなくなったWILLCOM D4、次は出てくるのか。別の意味で非常に楽しみになってきた。
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