私が年金情報がいかにいい加減なものだと痛感したのは、介護保険システムを構築する過程で経験した、社会保険庁の個人年金情報と地方自治体の持つ住民記録情報とのマッチング(突合)作業を行った時が最初だった。時は、1999年。介護保険制度が2000年4月開始であり、介護保険料の特別徴収(簡単にいえば年金からの天引き)がどの程度の規模で行うことができるのかを検証するためである。しかし、社会保険庁の協力はいまいちで、ようやく制度開始まで一年を切った段階でデータの提供を受けることができ、住民情報とのマッチング処理を行った。対象データは、カナ氏名、生年月日、性別、そして住所である。
結果はおそろしいものだった。なんとマッチング率は60パーセント台前半。しかも住所を外して、である(「地方自治体名=市区町村名」のみ有効)。アンマッチとなった最大の理由はカナ氏名であるが、これは社会保険庁だけを責めることはできない。なぜなら、地方自治体の持つカナ氏名情報は、必ずしも正確とは限らないからである。最近のシステム入力を前提とする時期ならいざしらず、住民基本台帳が紙だった頃はカナ氏名などなかったため、これをいわゆる電算化した際、強制的にカナ氏名をセットした歴史がある。そして、介護保険の特別徴収の対象となるのは基本的に65歳以上であるため、多くの人々は最近の住所異動は少ない。よって、強制カナ入力セットされたケースは少なくないはずである(カナ氏名という情報は、住民基本台帳法では必須情報ではない。無論、戸籍法でもそうである)。
一方、社会保険庁側でも、厚生年金の場合、そもそものデータ発生源は企業側である。つまり、企業が厚生年金の加入申請を行っているため、当該企業の担当者が記載した情報を社会保険庁側が記録するという流れである。これが正確かどうかを判定するものは、社会保険庁側にはない。あえてあるとすれば年金手帳となるのだが、基礎年金番号導入以前は、複数の年金手帳を持つ人たちの存在があるように、企業側の情報は完全でなかったものが相当数あることが確認できる。
このような誤った情報でも、結果的に年金給付が行えていればデータの正確さは問題とならず、受給者側もそれを申請しなければ(許容していれば)、データが誤っていても誤りとはならなかったわけである。
さらに厄介な問題は、婚姻等で氏名が変わる(多くの場合は姓が変わる)場合である。これは、住民情報を生業とする地方自治体でもよくある問題で、例えば、婚姻によって旧姓で転出した人が、別居・離婚等により旧姓に戻らないまま(あるいは、戸籍法77条の2によって旧姓使用する等)、実家に戻る再転入のような場合、転出時と同一人判定できずに別人として転入扱いされることも少なくない(姓が異なるため)。一般的には別人扱いでも問題はないが、同一年度内での再転入だと様々な面で別人だと判定されてしまうと不利益を生ずる(逆に利益を生ずる)こともある。
つまり、再転入時における同一人判定は大変困難な問題なのだが、基本的な住民情報を持たない社会保険庁では、異なる地域、異なる会社、異なる氏名をすべて一元管理することは事実上困難だと予想がつく。基礎年金番号がふられていない時代、さらには全国ネットワークが形成されていない時代においては、困難を通り越して不可能であろう。これに国民年金との資格異動や、サラリーマンの妻となった場合の「みなし」的な位置づけの異動(これも離婚により異なる夫の妻となっている同一人判定など、さらに複雑な事例も出てくる)まで、すべての履歴を一元管理することは考えたくもない(苦笑)。
これを一元管理するのは、いや、できるのはとどのつまり自分自身しかない。だからこそ、自身の年金手帳の管理が重要だったわけだが、仮にもお役所がまったく管理不能だとは思ってもいなかっただろう。いい意味でも悪い意味でも、「お上を信用」する風土がわが国にはある。年金手帳に記載されているものが、社会保険庁にもあって当然だと思うだろう。だが、実際は同一人判定の困難さや、社会保険事務所ごとに管理していた時代からの経緯により、加入期間を完全に把握できるのは、結局のところ自分自身しかない。社会保険庁の悪いところは、このことを長年の間、明らかにしてこなかったことにある(今も明らかにしているとは言い難いが…)。
異動の把握も困難な上、基本的なカナ氏名という情報まであてにすることができない。よって導入された基礎年金番号も、真の意味で住民情報とマッチングさせない限り唯一(ユニーク)なインデックスとなり得ない。急遽、成立した法により、一年以内に決着をつけるとのことだが、この問題の根深さをちょっと考えただけでも、絶対的な解決には程遠いことがわかるだろう。システムで解決できるわけもなく(そんなフローチャート、書きようがないだろう)、地道な確認作業を要し、公証できるものがなければ「宙に浮いた年金=消えた年金」としかならないのではないか。
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