電子書籍の普及は、私にとってはありがたいと感ずる反面、もう一方では出版不況なるものの元凶扱いにもされており、当事者でない私はいったいどちらが本当なのかという感覚ではあるが、出版業界が厳しいのは確かなのだろう。そういうご時世になかなか高額な本を出版しにくいわけだが、丸善出版さんは名著として名高い「CAMPBELL BIOLOGY NINTH EDITION」を邦訳・出版してくれた。無論、即購入である。
ご存じの方には説明不要だが、本書は生物学のジャンルをほぼ完全に網羅している希有な書籍で、しかも高校生レベルでも読み進めることができる敷居の低さ。さらには美しいカラーの図版が盛りだくさんという、教科書としても申し分ない素晴らしいものだが、唯一の欠点(私はこれを欠点だとはいいたくないが)は総ページ数1,728ページということで、持ち歩いて読むということが困難なことくらいだ。
では、いつものように目次をピックアップしてみよう。
- イントロダクション:生命研究の主題
- 生命の化学的基礎
- 水と生命
- 炭素と生命の分子レベルの多様性
- 大きな生体分子の構造と機能
- 細胞の旅
- 膜の構造と機能
- 代謝(導入編)
- 細胞呼吸と発酵
- 光合成
- 細胞の情報連絡
- 細胞周期
- 減数分裂と有性生活環
- メンデルと遺伝子の概念
- 染色体の挙動と遺伝
- 遺伝の分子機構
- 遺伝子からタンパク質へ
- 遺伝子の発現制御
- ウイルス
- バイオテクノロジー
- ゲノムと進化
- 変化を伴う継承:ダーウィンの生命観
- 集団の進化
- 種の起源
- 地球の生命史
- 系統と生命の樹
- 細菌と古細菌
- 原生生物
- 植物の多様性Ⅰ:いかにして植物は陸上に進出したか
- 植物の多様性Ⅱ:種子植物の進化
- 菌類
- 動物の多様性
- 無脊椎動物
- 脊椎動物の起源と進化
- 植物の構造、成長、分化
- 維管束植物の栄養吸収と輸送
- 土壌と植物の栄養
- 被子植物の生殖とバイオテクノロジー
- 内外のシグナルに対する植物の応答
- 動物の形態と機能の基本的原理
- 動物の栄養
- 循環とガス交換
- 免疫系
- 浸透圧調節と排出
- ホルモンと内分泌系
- 動物の生殖
- 動物の発生
- 神経,シナプス,シグナル
- 神経系
- 感覚と運動のメカニズム
- 動物の行動
- 生態学の入門と生物圏
- 個体群生態学
- 群集生態学
- 生態系と復元生態学
- 保全生物学と地球規模の変化
以上、全56章からなり、これらはさらに大きなカテゴリとして8部に分けられている。
- 生命の化学(2~5)
- 細胞(6~12)
- 遺伝学(13~21)
- 進化のメカニズム(22~25)
- 生物多様性と進化的歴史(26~34)
- 植物の形態と機能(35~39)
- 動物の形態と機能(40~51)
- 生態学(52~56)
1章のみイントロダクションなので、これを含めれば9部となるが、まさに生物学の本だけあってこれだけ多様な内容をしっかりと分類できているのは流石である。また、原子・分子レベルから、細胞内小器官、細胞、組織、器官、個体、集団、群集、生態系、生物圏とミクロからマクロへと移っていく様は、生物の階層構造をたどっていくものであり、これも興味深いものといえる。
本書は、教科書としての利用を想定しているので、章末問題やトピックス的なものも取り上げられており、読み進めていくだけでも楽しいが、しっかりとした実力をつけるのにももってこいだ。巻末には充実した用語解説、索引も用意され、1冊だけ生物学に関する書籍を選べといわれたら、本書以外には思いつかない。
昨今は電子書籍や電子辞書、インターネットでの検索やWikipediaなどもあって、なかなか紙の書籍は「古い」とされがちであるが、このような大著を見れば、まだまだ紙の書籍の優位は揺るがないと感ずる。単に検索するだけ、ピンポイントでそれだけが知りたいという、インスタントレベルの知識拝借でよければ、紙の書籍は完敗である(よってガイドブック的なものは紙書籍に勝ち目はない)。しかし、学習するという行為や、より深く理解する、あるいは一覧性を要するものはまだまだ紙の書籍にはかなわない。理由は「のぞき窓から見ただけの世界」と「ホンモノの世界」とは違うということである。
生物学を学習する方にとってはもちろん、私のようにそうでない者であっても生物学を身近に知りたいというレベルでも価値は高い。残る問題は、本書が税別15,000円という価格だが、これだけの高いレベルの内容でフルカラー、しかも1,728ページということを考慮に入れれば良心的、教育的見地に立った価格と言える。よい大人は、こういうものにこそ投資をしていただきたいとしつつ、今回はここまで。
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