田園都市株式会社が、理想的住宅地案内と共に田園都市の全貌を地図上にあらわしたものが「田園都市全図」であるが、今回はその一部分をクローズアップして見ていきたい。ターゲットは、私が地域歴史研究の重点の一つとして位置づけている「洗足田園都市(洗足住宅地)」である。
今とはだいぶ違うが、それでも田園調布あたりと比べれば、まだ道路パターンに類似性は見られる。また、目黒蒲田電鉄線(現 東急目黒線)は現在とほとんど変わらないので、位置関係はつかみやすい。下に示す、現在とほぼ同じ街路パターンとなった分譲地図を比較すればよりわかるだろう。
目黒蒲田電鉄田園都市部発行(昭和初期)の洗足住宅地位置図(上を北にするため原図を回転)
大正11年(1922年)といえば、田園都市株式会社にとって大きな動きがあった年である。以下に概略を示すと、
- 3月24日 田園都市第二期線(目黒駅~大岡山駅間)と第一期線の一部(大岡山駅~多摩川駅間)、工事施行認可。
- 3月30日 目黒駅~多摩川駅間、着工。
- 6月(あるいは5月)某日 洗足住宅地、分譲開始(いわゆる図面販売)。
- 7月22日 目黒蒲田電鉄株式会社発起人総会。
- 8月2日 電灯電力供給事業認可。
- 9月2日 目黒蒲田電鉄創立。
- 11月某日 最初の居住者(分譲地購入者)懇親会。
- 12月某日 洗足住宅地に送電開始。
田園都市を貫く鉄道計画が具体化し、それに伴う鉄道部門独立と武蔵電気鉄道から五島慶太及び蒲田線(多摩川駅付近~蒲田駅)の引き抜き。最初の分譲地である洗足住宅地の開発と分譲。さらには住宅地のための電気供給まで行った(こんなド田舎に送電してくれる事業者がなかったため)。洗足付近は、鉄道工事と分譲地整地工事(建前上は耕地整理事業)の真っ最中。会社体制が充実しているとはいえない状況で、これらが同時並行に進むのだから、当事者はそれこそ上へ下への大騒ぎ以上の展開だったことだろう。
大正11年当時の田園都市耕地整理組合地(洗足住宅地)の様子(東京横浜電鉄沿革史より)
洗足住宅地が分譲された際、大変好評だったというが、実際は上写真のように耕地整理・鉄道工事真っ最中に、分譲区画予定図面を見ながら(要はどんな分譲区画になるかを具体的に見ずに)購入した人が大半だった。購入者の多くは東京市内(現在の概ね千代田区、中央区、港区、文京区、台東区のほとんどに、新宿区、江東区、墨田区の一部など)に住所を持つ人たちであったが、投資目的のためか、現地確認すら行わない者も多かったようだ。
さて、本稿最後に洗足住宅地のプランを眺めながら、理想と現実のギャップを列挙してみよう。
- 住宅地の中心に6叉路となるロータリーが予定されていたが、現実は単に5叉路となった。
- 弁天池一帯はグラウンドとして整備予定だったが、現実は弁天池の周囲のみが公園地(のちに洗足会館)となり予定地の過半は分譲地となった。
- 小学校用地が確保されていたが、敷地が狭いことや住宅地が碑衾村(のち碑衾町、現 目黒区)・平塚村(のち荏原町、現 品川区)・馬込村(のち馬込町、現 大田区)の3つにまたがっていたことから、越境問題が指摘されたこと。さらに市内の名門学校に通わせた方がいいという意見もあって、これも分譲地となった。
- 住宅地東側が隣接する耕地整理組合と調整した結果、一部街路が変更となった。
こんなところだろうか。「田園都市全図」ではロータリーが街の中心と位置づけられていたが、現実は洗足駅が中心となっていた。一説に因れば、このロータリー(現 5叉路の小山七丁目交差点)部分に駅を設置する予定だったというが、これは第二期線(目黒~大岡山間)計画が具体化した時点で消滅しているが、これを確認できる書類等を見ていないので推量にとどめる。洗足駅付近で線路が大きく湾曲しているのは、この名残と言えなくもないが、第二期線自体も計画時は現在線よりも100メートル弱、北寄りにあったことが申請図面から確認できているので、第二期線と買収地とのかかわりで様々なプランが検討された中の一つとして可能性のみ指摘しておく。
そして、住宅地というよりも一つの街として完結できるように、小学校やグラウンド、公園などといった各種施設が検討されていたが、唯一、弁天池周辺以外はすべて葬られた。これは調布田園都市(多摩川台住宅地、現 田園調布)と比べれば、決定的に劣る点である。調布田園都市には、宝来公園、調布尋常高等小学校分教場(現 田園調布小学校)が計画どおり用意されたことを慮れば、これだけ見ても洗足住宅地と多摩川台住宅地との差は明らかだ。
──と、これ以上、続けるとタイトルの趣旨から外れていくので、今回はここまで。(2012年9月21~23日にかけて作成。)
大震災直前の状態を示しているようですが、中原街道沿いの田舎屋は当時の風景を彷彿とさせますね。未だ南台の第二造成地区は示されていませんね。次回を楽しみにしています。
投稿情報: 木造院電車両マニア | 2012/09/21 20:44