今回の話題は、昨年より申請受付が開始されている高額医療高額介護合算制度(以下、高額合算制度という)について、その制度の複雑さ故の問題点や、当該システム開発等に係わっている方々に向け、私の過去の経験等から参考程度になるような議論について展開していきたいと思う。
高額合算制度の概要はとても簡単で、「医療保険の世帯単位における医療費自己負担額と介護サービス費自己負担額を合算し、一定の上限を超えた金額を支給する」制度である。「ああ、要するにかかった医療費と介護サービス費を足し算したら、いくらか戻ってくるのね」みたいな理解で十分だと一般的には思うだろう。だが、話はそう簡単ではないのだ。
まず、「医療保険の世帯単位」という概念が、いわゆる世間一般の概念と異なる。例えば、老夫婦二人世帯で同居しているとしたら、この夫婦二人は同じ世帯だと思うだろうが、医療保険の世帯単位という概念では必ずしも同じ世帯とはならない。仮に夫が77歳、妻が69歳だとしたらどうだろうか。お気付きのように、夫は75歳以上なので後期高齢者医療制度(長寿医療というまやかし的な言い方[言い換え]もあり)、妻は70歳未満なので絶対に後期高齢者医療制度には該当しない。つまり、当該夫婦は住民票で同じ世帯であっても、戸籍上で夫婦であっても、それとは関係なく医療保険の世帯単位では別世帯となるのである。同一生計であったとしても、この夫婦は合算対象とはならず、各々それぞれが合算をし、あくまで一人分で一定の金額を超えなければ支給されない。たとえ、夫婦で超えたとしても、だ。
このように、なかなかに理不尽とも思える理屈であるが、さらに輪をかけてこの「医療保険の世帯単位」の基準日は、毎年7月31日と決まっている。察しがつくだろうが、例えば7月31日前までに同一世帯要件を満たしていたとしても、7月31日でそれを満たすことができなければ、合算対象とならないのである。しかも自主的な異動ならまだしも、強制的に医療保険の世帯が分離されてしまうケースがあるのだ。
これも後期高齢者医療制度に絡むもので、例として老夫婦二人世帯、妻72歳、夫75歳の夫婦を考えてみよう。もし、夫の誕生日が7月31日(基準日)よりも前で、75歳到達したのが7月31日の直前だったとしよう。それまで夫婦は区市町村の国民健康保険に加入していたとすると、夫が75歳到達することで強制的に国民健康保険から後期高齢者医療制度に移行する。一方、妻は障碍等も特になければ国民健康保険のままである。そう、合算制度の基準日前にそれまで医療保険の世帯として一つだったものが、強制的に二つに分けられてしまうのである。もし、夫婦二人の医療と介護の自己負担額が一定の金額を超え、支給されるほどであったとしても7月31日という基準日で医療保険の世帯単位が構成されてしまうため、一人一人が一定の金額を超えない限り支給されなくなるのだ。理由は、たまたま基準日前に75歳になってしまっただけ、というものだけである。
制度というものは、一定の基準を設け、どうしても救えないやむを得ない事情も当然あるだろうが、以上のような例は制度が始まる前から考えられることで、みすみす75歳前後の方々を制度の対象外に置いてしまっているように見える。また、類似制度(医療保険における高額療養費、介護保険における高額介護サービス費)においても、ここまで世帯具備要件が矛盾はしていない。そもそも一月単位で判定する高額療養費や高額介護サービス費と違って、高額合算制度は一年単位(初年度においてはこれに加えて16か月単位もある)と長いので、矛盾が大きくなってしまうのは仕方がないが、同一生計でありながら強制的に医療保険を分離させられてしまう事象があることは、理解しておかなければならないだろう。
以上の例は、簡単なものであるが、さらに複雑な例も挙げればきりがない。途中でお亡くなりになるような事象は単身世帯なら計算期間をそこで区切ればいい(基準日前に死亡の場合は、基準日が死亡日まで繰り上がる)が、複数人数世帯では、話は簡単ではない。また、その間に医療保険や介護保険の異動があった場合など、ただでさえ複雑な計算が、考えられないような複雑さを招来してしまうのである。私の長年のシステム開発経験でみれば、これをシステムレベルで完全に実装することは不可能である(すべての情報を一意に知る方法があれば困難ではあるが可能かもしれないが、そのような地方自治体は存在しない)。
何でこのような話をするのか、といえば、つい先週かつての直属の部下からシステム設計レベルでの相談を受け、知恵を貸してほしい的な要請を受けた際、よくよく話を聞いてみた結果、このような制度があると初めて知り、しかもこの制度は既に始まっており、早いところでは申請受付はもちろん、もう申請者に対して支払われているところもあるというのだ。これには衝撃を受けた。単に高額合算制度について何一つ知らなかったというような話ではない。今回示したような話をはじめとして、とてもではないが、摩訶不思議なルールに従って、さらにはルールを無視するような例もあり、とどめは計算が誤ったものさえある可能性が高いのである。単純に考えてもこの高額合算制度は、申請者、医療保険(地方自治体、広域連合、企業、健康保険組合等)、介護保険(地方自治体)、都道府県国民健康保険連合会など、多くの関係者の情報交換によって成立するため、それを確実に実行するのは相当困難であることは予想がつく。10年ほど前、私もかつて介護保険制度が始まる際、介護保険事務処理システム開発に係わったが(だから今回も相談を受けたのだ)、何が一番大変だったかと言えば厚生省(現 厚生労働省)の朝令暮改と、システム設計を知らないとしか思えない仕様の提示方法だった。もちろん、今はそこまでひどくはないようだが、それにしても「システムに馴染まない」特殊な例外処理は至る所に見ることができるのは、さほど変わっていないようである。
今回は、医療保険の世帯単位について、高額合算制度の適用が一部わかりにくそうなところのみにふれたが、この制度の難しいところは他にある。それは、「合算し、一定の金額を超え、それを医療と介護で按分し、支払額を確定する」というところである。部下からの話で私が思ったのは、この計算を行い支払額を確定するのが、基準日に医療保険資格のある医療保険というにもかかわらず、ある一定の条件においてこの計算結果を採用せず、介護保険側で再計算する(いわゆる低所得者Ⅰ再計算、略して低Ⅰ再計算という)というトンデモなルールが仕込まれているという点で、これが解釈の違いによって決定的に誤る可能性が高いということである。
と、長くなったので、このあたりは次回にふれてみるとしよう。何はともあれ、高額合算制度のシステム開発をされている(されていた)皆様、ご苦労さん!
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