過去、学習教材として使用していたものが、時と共にバージョンアップ(ブラッシュアップ)していくのはうれしいものである。それは、最新の学術成果が反映されるということに尽きるが、まったく新しいもので最初から読み進めていくよりも、既に学習したものに対して上乗せししていく方が理解も早いし、また学習もし易いからだ。無論、そういった面だけでなく、使用していたものが長く愛されている(学生にとっては愛というよりは哀に近いかもしれないか)というのは、それだけでうれしいものであるし、私自身もそうだがリリース後に著者として書き換えたい部分があっても、機会がなければ書籍の場合はなかなか難しいものがある。
ということで、今回は「共立講座 21世紀の数学16 ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版」(著:新井朝雄、発行:共立出版)をとりあげる。本書は、共立講座 21世紀の数学シリーズの1冊として企画されたもので、量子力学を学ぶ上で欠かすことのできない数学的理論、特にヒルベルト空間(ものすごく大雑把に言えば、微分可能なベクトル空間)とのかかわりについて学習することができる。その増補改訂版においては、前著と比べて80ページ増(276ページから356ページへ)となっており、改訂増補版のまえがきにおいて以下のように説明されている。
(1) 初版における誤植は,可能な限り訂正した.
(2) 初版の内容で別の表現をとった方がよい思われる箇所を書き直した(証明方法の変更も含む).特に,第3章と第4章には大幅に書き換えた部分がある.
(3) ヒルベルト空間の“上位"に位置する空間範疇の一つであるバナッハ空間への導入的叙述(第1章,1.7節)とヒルベルト空間上のコンパクト作用素の理論(第2章,2.12節)を新たに書き加えた(コンパクト作用素は有界線形作用素の中で最も基礎的で重要な部類の一つをなす).
(4) 初版では,ヒルベルト空間上の線形作用素のスペクトルの概念は閉作用素に対してのみ定義された.改訂増補版では,閉作用素とは限らない,一般の線形作用素に対しても,スペクトルの概念は定義されること——しかも自然な仕方で——およびそれは閉作用素のスペクトルの概念の拡張を与えることを補足的事項として付け加えた(第2章,2.13節).
(5) 量子力学の現実的有効性を示す重要な例の一つとして,水素原子のハミルトニアンのスペクトル解析の一部を新しい一つの章(第8章)として組み入れた.
(6) 初版の「あとがき」を全面的に書き改めた.
以上、増補改訂された部分はヒルベルト空間から展開・発展するところと、完全新規の第8章となる。数理物理的視点においては、現実世界への適用という「課題」があるので、この第8章が追加される意義は大きいだろう。続いて、最後に本書の目次を列挙する。
第1章 ヒルベルト空間
1.1 ベクトル空間
1.2 内積空間
1.3 ヒルベルト空間
1.4 正射影空間(旧版は正射影定理)
1.5 完全正規直交系
1.6 L2(Rd)におけるいくつかの基本的事実
1.7 より一般的な空間への上昇――ノルム空間とバナッハ空間(新規追加)
第2章 ヒルベルト空間上の線形作用素
2.1 線形作用素
2.2 有界線形作用素
2.3 有界線形汎関数とリースの表現定理
2.4 ユニタリ作用素とヒルベルト空間の同型
2.5 有界作用素の基本的性質
2.6 非有界作用素
2.7 作用素の拡大と共役作用素
2.8 閉作用素と可閉作用素
2.9 レゾルヴェントとスペクトル
2.10 自己共役作用素
2.11 自己共役作用素のスペクトル
2.12 コンパクト作用素(新規追加)
2.13 一般の線形作用素のスペクトルの分類(新規追加)
第3章 作用素解析とスペクトル定理
3.1 正射影作用素
3.2 単位の分解と作用素値汎関数
3.3 作用素値汎関数の性質―作用素解析
3.4 スペクトル定理(一部新規追加)
第4章 自己共役作用素の解析
4.1 自己共役性に対する判定条件
4.2 本質的自己共役性
4.3 強連続1パラメータユニタリ群とストーンの定理(一部追加)
4.4 自己共役作用素の強可換性
第5章 偏微分作用素の本質的自己共役性とスペクトル
5.1 急減少関数の空間とフーリエ変換
5.2 偏微分作用素とその本質的自己共役性
5.3 スペクトル
5.4 一般化されたラプラシアン
第6章 量子力学の数学的原理
6.1 量子力学とはどういうものか
6.2 量子力学の基礎概念――状態と物理量
6.3 ハイゼンベルクの不確定性関係
6.4 正準量子化
6.5 状態の時間発展――シュレーディンガー方程式
6.6 物理量の時間発展――ハイゼンベルクの運動方程式
6.7 最低エネルギーに対する変分原理
第7章 量子調和振動子
7.1 量子調和振動子のハミルトニアンと固有値問題
7.2 固有値問題の抽象的定式化とその解
7.3 ハミルトニアンのスペクトルと固有関数
第8章 球対称なポテンシャルをもつ量子系と水素原子(新規追加)
8.1 水素様原子のハミルトニアン(新規追加)
8.2 球対称ポテンシャルをもつ量子系(新規追加)
付録A ルベーグ積分論における基本定理
付録B 確率論の基本的事項
大きく追加されたところは赤文字で明記したが、記載したところ以外でも細かい改訂がある(練習問題ほか)。本来であれば、このように改訂されていくのがいいが、現実は多くの書籍は改訂されることはほとんどなく、その役割を終えるものがほとんどである。そういう点からも、優れた教科書で学習することは有意であるとしつつ、今回はここまで。
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