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2009/12/21

コメント

これはすばらしい写真ですね。
五反田の古い写真は、時々見かけるのですが、中央に池上電気鉄道が配置されている光景は、珍しいもので、大変貴重なものだと思います。
ありがとうございます。まさに「眼福」♪

左側に見える校舎風の建物は多分立正大学でしょう。孫がお世話になっておりますので感慨もしとしおです。

りっこ様、木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。

この写真、私も初見時には「これはすごい!」と思ったものです。ただ、すっかり忘れていまして、写真データを整理していたら今回偶然気がついたので掲載してみた次第。
五反田駅方向を見ると、どう見ても白金方面に延長するぞ!というようにしか見えないのも面白いところ。今も五反田駅ホームに立つと「ずいぶん高いな」と思わされますが、当時は高層建築物も少なかったでしょうから、眺望の良さをアピールできたかもしれませんね。

最近になり、急に気になるようになってしまいました。
池上線五反田駅、駅ビルのない時代は、どうやってプラットホームから地上まで降りたのだろう?
階段はどこについていたのだろうか、ということです。何しろ地上からはるか上ですから、それなりの階段がついていなければいけなかったはず。でも、そういう話題、聞いたことがないんですよね。皆が皆、山手線乗り換えのはずもなく、そうなると、相当長い階段を上り下りしたはずなのですが。

開業当初の写真がないので何とも言えないところですが、図面上はホーム端から階段で下に降りる構造となっています(大崎広小路駅と同様のスタイル)。
(おそらく)同時施工で現在の駅ビルの基礎となる2階建ての建築物は、建てられていたはずですが、実利用は昭和4年以降ということを踏まえれば、今のようなスタイル(建物内階段)ではなくマンションの外階段的なものではなかったかと(囲いくらいはあったでしょうが)。
なお、JR(当時鉄道省)山手線との接続(乗り換え)階段は、駅ビル(白木屋)入店よりはるかに後のことです。

現在は3両連結ですが、当時は1両でしたのでなんとか乗降客を捌けたのでしょう。たしかに白木屋の階段を利用するのも年とともに苦労でしたので、時間が掛かってもバス利用することが多くなってしまいました。情けない話ですが、今日では都営地下鉄を利用するときも、入場券を買ってエスカレータやエレベーターを利用して一旦JRのホームを利用して、雨ざらしの歩道橋の階段を避けているのが実情です。

追伸
あらためて写真を見ると池上線の五反田駅は目黒川を渡ってさらに上昇しておりますので、地面からはかなりの高さとなります。
それにしても浅草橋駅もかなりの高さで、おまけにエスカレータもエレベータも無いと聞いておりますので、如何に乗降客が少ないとは言え、若しほんとうなら玩具の問屋の方々にも配慮された方が良いと思います。

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