VAIO type Z 総括編は、ちょっとお休みして別の話題をおおくりする(書いている方も同じものばかりだと飽きてしまうんです。ごめんなさい)。
どうにもこうにも、WILLCOM D4は不評のようである。そこで今回は、このあたりのことについて私が感じたことを書いていく。はじめに、WILLCOM D4に関するウィルコムのプレスリリースを列挙してみよう。
- 3月3日 「~世界初、インテルの最新CPU「インテル® Atom™ プロセッサー」搭載~新しいモバイルコミュニケーションマシンの開発について」
- 4月14日 「世界初 Windows Vista®、インテル® Centrino® Atom™ プロセッサー・テクノロジー搭載の通信端末 Ultra Mobile WILLCOM D4を開発・発売」
- 5月23日 「WILLCOM D4 発売時期の変更について」
- 6月17日 「WILLCOM D4 を7月11日(金)より発売開始」
- 6月17日 「「新つなぎ放題」専用オプション「話し放題(仮称)」の提供について ~「WILLCOM D4」でデータ通信も音声通話も定額で利用可能に~」
- 6月19日 「WILLCOM D4 アカデミックパックについて ~学生の必須アイテム「電子辞書」の機能を加え、リーズナブルな価格で提供~」
- 7月8日 「「WILLCOM D4スペシャルプレゼントキャンペーン」の実施について」
- 8月26日 「WILLCOM D4 Ver.L の発売について ~WILLCOM D4がさらにリーズナブルに。アカデミックパックも登場~」
まず、最初は3月3日。「最新の低消費電力プロセッサー・ファミリー向け「インテル® Atom™」ブランドを発表 ~ 新世代のインターネット端末や低価格 PC 向けに、世界最小のトランジスターで製造されるインテル最小プロセッサー ~」とインテルのプレスリリースにあるように、Atomプロセッサの発表日にあわせて「新しいモバイルコミュニケーションマシンの開発」表明を行ったのが最初であった。ここでは、次の3点が強調されていた。
- Atom搭載により、高い処理性能と低消費電力の両立を実現
- Windows Vistaを採用し、幅広いアプリケーションとの連携やネットワークサービスの利用が可能
- 高精細ワイド液晶を搭載し、モバイル端末でありながらWindows Vistaがフルに楽しめる
それぞれ協力企業のインテル、マイクロソフト、そしてシャープのバランスを保った優等生的アピールだが、既にこの時点で大丈夫なのか?と一抹の不安が漂っていた。第一に、Atomプロセッサはそれほど高性能なのか? ということ。当時はまだAtomプロセッサ搭載機がまったくなかったので、はっきりしたことは言えなかったが、わずか消費電力が2W足らず、しかもシングルコア、インオーダ実行であること(メリットは大きいが、最近のバイナリ最適化とはそぐわない面もある)。確かに、従来のPDA等に採用されているマイクロプロセッサと比べれば強力だが、Core 2 Duoクラスと比べれば非力である。Core 2 Soloと比べても、いい勝負というのが関の山だとすれば、これにWindows Vistaを搭載するなどあり得ないし、フルに楽しめるとはどういうレベルでのものなのか…と。
しかし、当時は期待の方が大きかった。Atomプロセッサを搭載したPCには興味があったし、何よりもアドエスから機種変更できる(だろう)ということも大きな訴求ポイントだった。3月3日時点というのは、ASUSのEee PC 4G(実売価格49,800円)が登場してまだ1か月ほどであり、加えてCeleron M 353(Dothanコア。規格は900MHzだがFSBを落とし630MHz動作)搭載だったので、「新しいモバイルコミュニケーションマシンの開発」に注目が集まるのは当然だった。
続くプレスリリースは、4月14日。またしても「世界初」という言葉が踊る。WILLCOM D4という製品名をはじめ、多くの内容が明らかにされた。「新しいモバイルコミュニケーションマシン」は6月中旬に発売予定とされ、多くの宣伝文句には勢いがあった。いちいち列挙まではしないが、ビジネスユースにホームユースにと、ありとあらゆるシーンで活用できることがうたわれていたのである。
だが、ほぼ同じ時期、ASUSはEee PCの第2世代となるEee PC 900を発表し、まだAtomプロセッサ搭載機ではなかったが、価格はほとんど変わらない基本仕様を底上げしたものを用意していた。これは5月に発売され、徐々に安価な小型軽量PCが市場に入ってきた頃でもあった。
安価な小型軽量PCが市場に入ってきた、タイミング的に重要なこの時期、ウィルコムはWILLCOM D4の発売時期を延期すると発表した。「お客さまに新しいモバイルコミュニケーション体験を万全の体制でお届けするため」という意味不明な理由によって、1か月遅れの7月中旬としたのである。時期的にハードウェアは完成し、ブラッシュアップを図るべきこの1か月前に、さらに1か月の猶予を得たい。ソフトウェアの問題なのか、それとも使い勝手の問題なのか、あるいは広げすぎた風呂敷に難があったのか…。今、この時点から振り返ってみれば、バッテリ持続問題が大きな要因だったのだろうと推測が成り立つが、当時はわかりようがなかった。ただ、間違いなく不安は大きくなったのは確かであった。
そして、6月17日。ついにWILLCOM D4は7月4日予約開始、7月11日に発売開始とプレスリリースで明らかにした。だが、重要なことはもっと別のところにあった。それは価格である。同日のプレスリリースで、「新つなぎ放題」専用オプション「話し放題(仮称)」の提供が追加になり、WILLCOM D4でデータ通信も音声通話も定額で利用可能としたが、WILLCOM D4はPCのようにハードウェアだけの提供とはならず(それもやろうと思えば可能だが、それではウィルコムが提供する意味がなくなる)、回線契約も必要になる。お客様実質負担額を90,200円としているが、これは2年しばりであり、そうでなければ新規購入価格として128,600円が提示される(分割払いでも同様)。いくら回線契約込みとはいえ、これは携帯電話としては高額であり、軽量小型PCとしてみても高い。そして、この金額は「新つなぎ放題」だけの契約であり、通話はできない。通話するには別料金が必要であり、そのための専用オプションまで用意したというわけである。これを加えれば、月額980円がさらに追加され、2年しばりでは23,520円追加、合計すると152,120円(お客様実質負担額113,720円)となり、おいそれと買えるような代物ではなくなってしまった。
(6月19日のアカデミックパック発表でも、わずかに1万円安価になるだけであった。なお、料金割引はかなり複雑になってきたので、現在は上述のとおりでないかもしれないことをお断りしておく。)
この価格発表で、WILLCOM D4にはさらに大きな期待を被せられることになったのは言うまでもない。それだけの価格なのだから、それ相応の性能、所有満足度を示さなければならなくなるのは当然で、WILLCOM D4の大きな躓きはここに始まったと言って過言ではないだろう。
さらに発売が1か月延びたことによる影響は、世界初という文字も事実上失わせてしまうことになった。7月4日に、MSIのWind Notebook U100が発売開始され、Atomプロセッサを搭載した初のノートPCという栄冠を事実上獲得したのである。これはCentrino Atomではないが、Atomプロセッサ搭載というのがCentrino Atomの大きなポイントであることは疑いようがない。しかもWind Notebook U100の価格は、一連のEee PCと同様に安価に設定され、秋葉原では実売価格59,800円で登場した。無論、これには回線契約は含まれていない。だが、遅いPHSが強制的に組み込まれてもいない。そして、無線LAN等は当たり前のように組み込まれている。
以上から明らかなのは、遅いPHS回線契約を外せば、これら安価な軽量小型PCと太刀打ちできる価格になるのに、それをするわけにはいかないというジレンマがあり、要はウィルコムが出しているにもかかわらず、ウィルコムであることが弱点となってしまっていたのである。だが、これだけではなかった。実際の製品が登場したことで、さらなる弱点をさらけ出してしまったのである。
製品予約開始日の7月4日、量販店の店頭をはじめ、ウィルコムによるWILLCOM D4キャンペーンが始まり、実際の製品を手にすることができるようになると、一抹の不安から、さらなる不安になり、そして不安は現実のものとなった。これは、これまでにもBlogで書いたりもしたので、今さら書くまでもない。
驚くべきことに、まだ予約が始まって4日後、発売開始3日前の7月8日、てこ入れキャンペーン第一弾となる「WILLCOM D4スペシャルプレゼントキャンペーン」がスタート。何と、7月31日まで(その後、毎月延長(苦笑))に大容量バッテリを無料プレゼントというのである。これは「お客さまのニーズにあったバリューのあるサービスをリーズナブルに提供」ということで成されたようだが、だったら最初からそうしておけばというのも後の祭り。きっと開発時には、500g超えるなんてあり得ないというテーゼがあったことだろう。それを破ってまで、大容量バッテリを標準化しようという流れは、明らかにバッテリ持続時間を問題視したものであるが、500gを超えることと公称1.5時間しかバッテリがもたないことと、どちらの優先順位が高いかは言うまでもないが、そもそもの基本設計に問題があったことが最大の原因であることは確かだろう。基本設計に難があれば、個々の問題は逆に問題ではない。それが自明だからであり、個々の問題を解決するのは時間の無駄でしかないのだ。
そして8月26日、WILLCOM D4 Ver.Lが登場する。大容量バッテリを標準装備(大容量バッテリが標準バッテリという位置づけ)し、Microsoft Office 2007を外して大幅にコストダウンを実現。約3万円の販売価格低下である。基本設計の難がここでも露呈。ビジネスシーンのキモであったはずのOfficeが取り去られたことは、Windows Vista(Windows XP等も含む)搭載である必要性をも失わせた。このプレスリリースを見て、既存のWILLCOM D4ユーザはどう思ったことだろう。「だったら最初からこれを出せよ!」とか、言いたくなるに違いない。だが、ウィルコムの考えていたWILLCOM D4はそういうものではなかった。発売当初のパンフレットやこのBlogでも取り上げた過去のプレスリリースから確認できるが、単なるUMPCを出すつもりなどなかったのである。ミスマッチの製品企画とハードウェア、そしてソフトウェア。どれもがかみ合わず、それでもわざわざ買っていただいたファーストユーザは、ウィルコムが最も大切にしなければならないユーザだと私は考える。
だが、現実は厳しい。最も大事にしなければならないファーストユーザは、既に置いてきぼりである。プレスリリースには出てこないお知らせとして、以下の2つを重要なものとして挙げる。
- 8月22日 「「WILLCOM D4」の電源オフ状態での省電力機能を強化する対応(無償)実施について」
- 8月26日 「9月末まで期間延長!「WILLCOM D4スペシャルプレゼントキャンペーン2」内容も拡充! 」
よほどWILLCOM D4は売れていないのだろう。スタートダッシュに失敗しただけでなく、その後もぱっとしないことはこれらのプレスリリースでない「お知らせ」からも明らかである。まず、一つ目は事実上の欠陥修理である。しかも10月31日までの期限付き(延長するだろうが、しなかったらファーストユーザを大事にしないキャンペーン第一弾はこちらとなる)。だが、修理扱いではなく強化対応であるとウィルコムが主張しているように、あくまで電源OFF時(おそらく休止状態を指すと思われる)における省電力機能強化なので、主張を尊重しそういうことにしておこう。とにもかくにも、ただでさえ少ないバッテリを遠慮なく消費してしまう無線LANモジュールの交換が趣旨だが、果たして本当にそれだけなのかと疑問符を投げかけておく。実際に修理、もとい機能強化をされた方はソフトウェアの設定やデバイスドライバあたりに変わった点がないか確認するといいだろう。
そして、ファーストユーザを大事にしないキャンペーン第一弾がこれ。「WILLCOM D4スペシャルプレゼントキャンペーン2」。「2」であることが大きな違いで、大容量バッテリをプレゼントするのが継続になっただけでなく、さらにWILLCOM D4 Ver.Lに対し、「新つなぎ放題」+「話し放題」で購入したユーザには、PHSの電話機「nico.」(WS005IN。ただしW-SIMなし)をプレゼントしようというのである。これは明らかに、WILLCOM D4で通話をするのはナンセンスであるとウィルコム自身が認めた証左で、さすがにこれは最初に見たとき開いた口がふさがらなかった。ファーストユーザはないがしろにされているな、とも。何台用意しているのか知らないが、なくなり次第終了としているものの、おそらくなくならないうちにキャンペーンは終了すると思われる(苦笑)。こんなことをしたところで、急に売れるはずもないからだ。どうせやるなら、大容量バッテリと同じくファーストユーザすべてに「nico.」をプレゼントすべきで、これをしないことでウィルコムはシンパの多くを失ったと思う。WILLCOM D4ユーザでない私も、ウィルコムのPHSをやめようかと考えるくらいなのだから、そのくらいは思って当然だと思う。ただし、今さらこれを行えば今度は朝令暮改となり、ますます信用失墜は免れないだろう。WILLCOM D4だけの躓きでなく、ウィルコム全体の躓きとなるので、やりたくてもやれないような状況だと思う……。
結局、ウィルコムはWILLCOM D4で何がしたかったのだろう。パンフレットやプレスリリースでは色々なことができると書いてある。だが、多くは「できる」だけであって、「使える」代物でないことははっきりしている。この半年ほどの間、新しいモバイルコミュニケーションマシンの開発という宣言に始まり、「WILLCOM D4スペシャルプレゼントキャンペーン2」まで眺めてみると、理想と現実の間には大きな、そして深い溝があることがはっきりと見ることができる。泥縄的に大容量バッテリを付け、休止時の無線LANの即時対応をなくし(おそらく)、通話機能放棄をした先に待っているものは何だろうか? ウィルコムが出しているにもかかわらず、ウィルコムであることが弱点となってしまっている現状を鑑みれば、それは撤退が一番の選択肢と見える。次世代PHSにはまだ遠く、次なる手も泥縄でしかない。もう一度原点に戻って、WILLCOM D4は何のために開発したのか。単なるマーケティングの失敗ではないので、このあたりから考え直した方がいいのではないか。
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