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2013/12/23

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洗足橋でも触れたように、環七から至近距離にある洗足駅に曲がる洗足駅入り口に相当する信号機は「北千束五差路」となっているのに、「大岡山駅入り口」は御説のとおり感覚的にはピンときませんが、現在大岡山駅から洗足池駅経由で、このルートで患者送迎バスが運行されていますが、関係があるかないかは分かりません。

南千束交差点近くで生まれ育った者として、この交差点の変遷は、他と比べても激しいと思っています。昭和30年代の環七は、夫婦坂付近の幼稚園に通う私が、信号のないところでも渡れる、狭い道でした(三間程度?)。当時は交差点付近に交番があり、時折、お巡りさんの手信号だった時もあった気がします。
それがオリンピックを契機に拡幅され、あれよあれよという間に、中原街道よりも広い道に。
かくして昭和30年代の狭い道から、昭和40年代は幹線道路の交差点となり、さらに長原陸橋の登場は、昭和50年代後半だったと思います。バス停の名前が「旗の台五丁目」から「長原陸橋」に変更されたのが昭和57年7月1日というので、長原陸橋完成もその少し前あたりだったのかな。
そして、側道ができました。これができたときは、最初どう渡るのかわかりませんでしたよ。
現在90歳になる伯母が、一昨年我が実家に長原からやってきたとき、交差点のあまりの変遷の激しさに(伯母の来訪はン十年ぶりでした)どこを歩いているのかわからなかったといいます。

追伸:大岡山駅入り口
丸子橋方面から来た車が大岡山駅に行くには、手前の工大横の狭い旧道は一方交通ですので、このルートしかありませんので、あながち合理性が無いともいえませんね。五反田方面からですと、環七を右折して赤松小学校の前を通るルートもありますが、不案内の方々にはこの信号で右折した方が簡単かもしれません。

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