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2010/12/20

コメント

京成電鉄立て直しの腕を買われて池上電鉄の専務となった後藤氏も、沼部迄手を伸ばすこと自体焦り過ぎの感が無きに下あらずと言う所ですか。所詮無謀な挑戦としか言いようがありませんね。

木造院電車両マニア様、コメントありがとうございます。

確かにこの時代(昭和初期)は、やたらと鉄道免許乱発時代に重なってはいますが、今日からの視点だけで無理、無駄という論点でバッサリというのはいかがなものかというのは、奥沢線の歴史を探っている「だけ」でもわかります。
ただ、それでもさすがにこの東調布町内線はいかがなものかと思いますね。
「挑戦」、確かにそうでしょう。

後藤氏のご子息とは最近全く交流がありませんでしたのでその辺の事情を聞くことが出来ませんでしたが、やはり古傷に触れるようなことに躊躇いがあって話題にしなかったこともまた確かです。

うーん、唸っております。
いや、失礼致しました。初めまして、funamyuと申します。
自由が丘徒歩圏、大井町線際に住んでおります。
女房は緑が丘で生まれ、私は1月に脳梗塞に倒れ、奥沢大脇病院に入院しておりました。
今は快方に向かっております。(介抱ではありません。解放でも。(笑))
さて、調べ物をしておりたどり着きました。
地域散歩と写真撮影が好きで、現在はリハビリ散歩中なため、興味深い話題が多く、
しげしげと読み進んでいます。
特に新奥沢線に関しては、昨日も友人と話題になったものですから参考になりました。
これからも探訪させていただきます。
私の写真日記にもぜひ遊びにきてください。
http://blog.goo.ne.jp/funamyu/

funamyu様
写真日記拝見させて頂きました。洗足池駅近くのかがまないと通れないガードは今日に至もその意味がよく理解できません。戦前の日本人の身長が如何に低かったとしても、あまりにオーバーヘッドが低過ぎます。小生も荏原郡の当時から当地に住んでおりますが、よく分かりません。

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